ストーリー1 「眼鏡」

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「どういう報告を書いてるんだ」  デスクの上に報告書が叩きつけられる音が狭い室内に響く。 「はい……」 入社三年目の駆け出し社員の相原みなみ(あいはら みなみ)は力なく答えた。昨日営業に行った先の会社でノルマには僅かに足りない契約の報告を上司が責める。相手方の付加条件をのめばノルマに届いたのだろうが、みなみにはどうしてもそれがのめなかった。当然その訳を報告書に書けるはずもない。  「もうちょっとで達成なのに、詰めが甘いんだよ、詰めが」 「はい……」 これ以外に返事がない。みなみは顔を上げて課長の顔を見た。言葉では怒っているが、何か言いたそうで腹の底では残念がっている一面が見える。 「失礼します――」 みなみは静々と自分のデスクに戻った。  みなみは返された書類を机に置いて、PCのenterキーを叩いた。画面はしばらく考え込んですぐには立ち上がらない。モニターに映らない黒い画面に、営業先の社長や書類をダメ出しした課長の表情が浮かび上がった。 「やっぱり、そうなるよね……」 みなみは今日から今までの一部始終を思い返してそうつぶやいた。  みなみには誰にも言えない秘密がある。人の目や顔を見れば気持ちが見えるのだ。    「目は口ほどにものを言う」    「顔色をうかがう」 といったことわざや言い回しがあるように、みなみは人の顔を見ただけでその人の思っていることが見えるのだ。それも詳細に、視覚を超えた第六感でわかる。  今回課長に指摘された「詰めが甘い」理由も実は分かっている。先方の社長が、息子を自分にどうしても会わせたいと言うのが見えたのだ。選り好みをするほどぜいたくな身分ではないけれど、みなみの中ではゲーマーで半分引きこもりに近い人とお近づきになるのはちょっと……なので、そこを詰めきれなかった。逆に言えばそこをクリアすれば満額回答を得られたことは課長の顔にも見える。 「だから相原を寄越したのに……、うまく行けば今月トップ取れたんだぞ」 とは言わなかったが、最後に課長が言いたかったことはそれだった。課長も相手方がなぜかみなみを気に入っているのを知っての派遣だった。  人の顔を見ただけで会話が見える。便利かも知れないがみなみにとってはこれが煩わしい。だって、考えていることが見えると知られたら警戒されて絶対自分に近付けなくなるに違いない。たとえば好きな人に告白する前から結果は分かっているし、気を使って私に合わせてくれる人の本音がハッキリ見えるのも申し訳ない。 「知らない方がいいことだって、ある」 それだけ人と人の間にはある程度の壁が必要だということだ。ただ、みなみの目には見たい、見たくない、相手が隠しているかオープンにしているかなど関係なしに見えるので、いつも過剰に気を使う。だから仕事も恋愛もうまくいかず自然とみなみの背筋は丸くなり、もともとモテるわけでも容姿に自信がない方なので、何をしてもマイナスな方向に進んでいる――。
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