ストーリー1 「眼鏡」

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「ねえねえ、みなみぃ」  そんなみなみの丸くなった背中をとんとんと叩くのは同期の高松 史佳(たかまつ ふみか)だ。彼女は積極的でリーダーシップを発揮するタイプで、みなみより一つ年上である。彼女の耳に入るウワサはたちまち広がって行き、まさに歩くスピーカー。そしてなぜか彼女のところにはいろんなウワサが耳に入る。みなみと違ってスタイルも良く人付き合いも上手で、みなみとはほぼ真逆に近いタイプである。  しかし、そんな二人であるが二人はなぜかウマが合う。なぜかと言うと史佳は明るく正直な性格で、裏表がないのだ。だから人の顔色が見えるみなみにとって、彼女は家族以外で全く気を使わなくていい数少ない人だからだ。 「今日は、大丈夫?残業、ない?」  さっきの課長席の前でのやり取りを見てのことだ。おしおき残業があるだろうと率直に聞いてきた。 「うん、ちゃんと間に合うようには終わらせるから」 「ホントだよ。今日は勝負懸かってんだからね」 「はいはい……」  勝負懸かってる、史佳が言うのは合コンのことだ。前回、信じていた本命の人について変なウワサがあるのをみなみから聞いて近付くのを諦めたのは先週のこと、早くも次の「勝負」を段取りしている。 「とにかく、みなみがいると心強いのよ」 それは暗に自分の「能力」を頼っていると言ってるのがみなみには分かる。本当のことはハッキリ言わないまでも、これまで史佳のホレホレ病については 「『いいんじゃない?』もしくは、『やめた方がいいんじゃない?』」 とだけアドバイスしたことが何度かあった。先週の合コンもそうだ。反省会をした喫茶店で自分の感じた印象をフィルターに包んで話した。あまり良い印象でないとだけ。  それ以上は言わない。でないと自分が「人の気持ちが見える」ことが明るみになるとみなみは思っていたからだ。特に彼女だけには自分の秘密は知られたくない。もしそうなったら会社中の注目の的だ、それだけは避けたい。
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