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大学の裏手にある河川敷には桜が植えてあり、毎年この時期になるとピンクの並木へと変貌を遂げ、道行く人に春の訪れを感じさせてくれる。
天気のいい日は散歩がてらの花見客で適度に賑わっていた。
学生達も空き時間や昼休みなどは真冬以外、その河川敷で休憩している者も多く、山野宏太もその一人だ。
宏太の場合は陽気など関係なく、曇って肌寒い日でもよく大きな桜の木の下で昼寝をしていた。
その日は生憎の曇天で、河川敷で花見をしているような酔狂な者は宏太しかいなかった。そもそも平日の昼間から屋外で昼寝をする者こそ少ないのかもしれないが。
学内にいない宏太が河川敷にいるだろう事は分かり切っていたので、雪成は真っ直ぐに桜の木を目指した。携帯電話に掛けた所で寝ている宏太が出ない事は経験済だ。
どんよりと厚い雲に覆われた空だけを見ればまだ冬の名残を感じる。4月とは言え太陽が出ていなければ、屋外はまだ上着を手放せない。
河川敷は盛りを過ぎた桜の木から、風に乗りはらはらと淡いピンクの花弁が散り落ちていた。
葉桜にはまだ早いが、週末雨が降るかもしれないと天気予報で言っていたのを思い出し、そろそろ見納めかもしれないと、雪成は桜を見上げ足を止めた。
はらりと頬に落ちて来た桜の花びらを指で払い、歩き出す。
数メートル先に見えたのはコートを敷き、寝転がる宏太の姿。
何度も見てきた光景だ。桜の時期ではなく、暑い夏の日も昼寝を誘う秋の柔らかい陽光の下でも、冬の寒い日厚着をして寝転がる宏太を。
雪成が側まで近付いても、宏太が起き上がる気配はない。ぐっすりと熟睡しているのか、瞼は閉じたままだ。
いつから寝ているのか、桜の花弁が宏太の体のあちらこちらに降りつもりその一帯はピンクの絨毯のような有り様になっていた。
成人してもなおあどけなさの残る童顔の丸顔、柔らかそうな黒髪には花びらが何枚も落ちている。
寝ている男の傍らに屈み、見慣れたその寝顔を見つめた。
額や頬についた花弁を払ってやろうか、この時期はいつもそれを思う。だが決行した事はない。
「……宏太」
呼んでも返事はなかった。
白い肌は血色がよく、それが生者であると分かるのにまるで死体のようだと思うのは何故だろう。
それは寝たままの宏太をずっと見ていたいという願望がそう思わせるのか。それとも、桜の木の下だからなのか。
時折川から吹き付ける風が冷たく頬を撫でる。だが、その風に煽られ花弁が舞う様はいつ見ても美しい光景だ。
今年は例年より開花が遅れた為、入学式には満開は過ぎたと言えまだ見頃の桜が残っていた。その為最近この辺りは新入生がちらほらと見られたのだが、流石に今日は誰もいない。
風と共に舞い落ちる桜と宏太を暫く見つめていたが、河川敷の下生えを踏みつける音に小さくため息を吐いた。
そう、寝ている宏太を起こすのも、彼の上に積もる桜を振り払うのも自分の役目ではない。
「宏太!」
離れた所から聞こえた呼び声に雪成は立ち上がり、振り返った。予想通りの人物に笑顔を作る。やって来たのは佐々木光里、宏太の彼女だ。
小走りに近付いてきた光里は溌剌とした笑顔を雪成に向け、次いで寝たままの宏太に視線を落とした。
「佐々木」
「川倉君」
「起きないよ、全然……佐々木に任せた、先に教授の所行ってるな」
「うん」
踵を返した雪成の背中に光里の声が届く。
「宏太!起きなさいよ!!実験始めるって、ほら行くよ!!」
宏太も直ぐに起きるだろう、二人のやり取りを聞きたくなくて雪成は歩を早め校舎へと向かった。
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