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「おめでとう!!」
新郎新婦の両端から祝福のフラワーシャワーが投げられる。参列者達の祝いの言葉はまるで繰り返される山びこのようだ。
青空に舞う薄紅の花弁は幸せそうな二人に降り注いでいる。
こんな光景をいつか見る時が来るだろうと予感はしていた。
宏太は相変わらず童顔だが、流石に30歳を目前にして学生に間違えられる事はなくなったようだ。
今日は白のタキシード姿で、晴れやかな笑顔を終始浮かべている。
その隣には大学の頃から変わらず光里がいる。純白のウエディングドレス姿でうっすらと涙を浮かべ、参列者からの賛辞をその身に受けている。
五月下旬のその日は初夏を思わせる陽気で、澄んだ青空には幸せな二人を祝福するように太陽が燦々と輝いていた。
ジャケットを脱いでおけばよかった、などと思っても今さらだ。それともジャケットを脱ぐと言ってこの場を去ろうか。
大学卒業後は疎遠になると思っていたのに、そんな事もなく両人との友好関係は続いていた。宏太と二人で会う事はほとんどなく、彼女である光里がいたり、もしくは光留がいて四人で会う事もしばしばあった。
プロポーズしたいと思っていると打ち明けられたのは、去年の冬。
あの時は仕事後急に呼び出されたので、何事かと思った。相談がある、なんて深刻な顔で言うから一瞬、ほんの一瞬だけ二人が別れるのではないかと期待した。
光里と結婚しようと思うんだ、その一言で簡単に期待は絶望に変わった。
絶望とは言い過ぎかもしれない。この恋が報われる事はないと、ずっと分かっていたのだから。だから、宏太に彼女が出来た時の絶望感に比べれば大した事はない。
なのでそれはすんなりと雪成の心に落ち、理解して表情筋はいつもの笑顔を作った。
「おめでとうって二人に言えるように、早く佐々木に言ってくれよ」
雪成の言葉に宏太は照れたように笑った。はにかんだその笑顔が好きで、さっさと離れてしまえばいいのにそうする事も出来ず、親友みたいな顔をして今日は友人代表のスピーチまで頼まれている。本当に滑稽だと思う。
雪成の視線の先ではフラワーシャワーを浴びながら、新郎新婦がこの世の幸せを二人占めしたような笑みでゆっくりと歩いてくる。
実際二人占めなのだろう。多分この場にいる誰もが彼らの笑顔を心から喜んでいる。
手の中には先程配られたフラワーシャワー用の花弁。仄かにたちのぼる芳香と触感からバラの花びらのようだ。
「二人共おめでとう」
今まで心に溜めてきた全ての想いを投げ出すよう、掌の中にあった美しい花弁を宙へと放る。花弁は風に流される事もなく、二人へと降り注いだ。
心に積もった恋慕はまだ直ぐに消えないだろうけれど、もう、それがこれ以上降り積もる事はない。
周りの声に掻き消さる程に、雪成の声は静かで小さな声だった。
「ありがとう」
だけど、世界一幸せそうな笑みで宏太はこたえてくれた。
数秒目が合ったが、雪成は咄嗟に笑い返す事が出来なかった。
でも宏太が振り返る事はない。二人の後姿を見納め、雪成は一人列を離れた。
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