薄紅の花弁は想い出に変わる

6/6
前へ
/6ページ
次へ
「……」  良い訳ないだろ、なんてタイミングで言ってくるんだよこのバカは。  そう言ってやりたいのに雪成は何も言えなかった。  気持ちを知らなかった訳じゃない。  というか、宏太と光里と会う時はよく光留も着いてきて、呼ばないと後で拗ねたりするようになったし、更に宏太と話していると直ぐに間に入ってきたりと不自然な動きをよくしていたから。  むしろ光里がそれを生暖かく見守っていたのを光留は知っていたのだろうか……。  知っていても応える事は出来なかった、その好意をずっと見ぬ振りでやり過ごしてきた。多分雪成の宏太への想いだって大学の頃から気付かれていたのだろう。  でも、二人の間には友情以上の感情が生まれる事はなかった。  何も言ってこないけれどきっと困った顔で悩んでいるに違いない。  オレだって悩むよ。  今日で終わりにしたけど、だからって直ぐに気持ちを切り替えられない。 「ゆき」  優しい呼び掛けに雪成は顔を上げた。  手の甲で涙を拭っていると、目の前に白いハンカチが差し出された。 「使って」 「……ありがとう」  受け取って涙を拭く。  突然泣き出した自分が恥ずかしい。だけど泣いて幾分気持ちはすっきりした。  また礼を言って返せば、光留はズボンのポケットへ戻した。 「……花束、きれいだな」 「……ゆきっぽいのを選んで作った」 「オレっぽいの?」 「うん」  柔らかい色合いのオレンジやピンク、白のガーベラと水色の小さな花と淡いピンクのバラも入っている。  お前はオレにこんな可愛らしいイメージを持っているのか? 「……お前なぁ……」  雪成は堪えきれず笑い出した。  光留は訳が分からないという顔で雪成を見ていたが、本気にされていないとでも思ったのだろう、表情を変え怒ったように名前を呼んだ。 「ゆき!」 「ごめんごめん……ゆきって……そういえばそうやって呼ぶのもお前位だよな……」 「は?なんだよ……え、なに、ゆきって呼ばれるの嫌だった?」 「そうじゃないよ」 「……?」 「そうじゃなくて……光留……これ、貰っていいの?オレが?」 「うん、受け取ってほしい」  大学の頃とは違い今は視線の高さはほぼ同じ。二人とも平均身長よりはやや高めではあるが、高身長という程でもない。だけど、横幅は全然違う。  光留は痩せ過ぎなのではという程の痩身だ。  でも雪成は、休日はジムで過ごし趣味は登山。最近はソロキャンプにもはまっている。筋肉質で厚みのある身体は可愛いという単語からは程遠い、だが光留は違うようだ。  それが雪成には笑い出す程可笑しくて。だけど、暗く閉ざしていた心を柔らかく照らしてくれたのは光留の真っ直ぐな心と眼差しだ。 「……ありがとう」  手を差し出すと、光留は目を大きく見開き、嬉しそうに笑い想いを言葉に乗せた。 「ゆき」  ただ名前を呼ばれるだけで、こんなにも心が温かくなるものだろうか。  花束からはふわりと甘い花の香りが鼻に届いた。 「……光留」  もう泣いてすっきりしたと思っていたのにまた涙腺が緩む。 「ゆきは分かってないよ、そうやって泣く所とか可愛いって分からないのかな……」  呆れたような言葉だが表情は違う。  愛しそうに細められた目が気持ちを代弁している、見ていて恥ずかしい程に気持ちが伝わってくる。 「ゆき」  光留の手が雪成の濡れた頬に触れ、指先が目尻を優しく拭う。 「受け取るだけ?」 「……受け取るだけでもいいだろ……まだ、気持ちの整理がつかないんだよ、お前の居場所作るから待ってろよ」 「うん、何度でも作って渡すから」  それはもういいと言いたかったが、恋慕を隠さないその顔を見ては何も言い返せない。 「……待ってるよ、ほら、もう行こう……」 「ゆき?!」  まだ生まれたばかりの感情に名前は付けられないけれど、いつかは胸に抱いた花束みたいに明るい気持ちでそれを叫んでみたい。  だから今はまだ。 「光留」  感謝を込めて名を呼ぼう。 完
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

7人が本棚に入れています
本棚に追加