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第二皇子
別荘に来て二十日ほど経った。
管理を任せている老夫妻が、いろいろ気をつかってくれる。だけど、自分のことはある程度自分でやることにしている。
それは、お屋敷にいたときからやっていること。
お母様が亡くなってから、自分のことは自分でするようにしている。
正直なところ、まだお父様の突然の死を受け止めきれていないし実感がない。
病であるとか戦場でとかなら、ある意味覚悟をしているところはある。
しかし、急死である。
医師によると、頭の中の血管がどうのこうのという話だった。だけど、その前日の夜に別荘に移る荷造りの話をしたばかりだった。
そのときにはお父様は血色もよく、そんな兆候はいっさい見られなかった。
どうしても、納得がいかない。
そんな風に悶々としつつも、家事に専念して出来るだけ悲しいことは頭から追い払うようにした。
近くにある湖をまわってみたり、小高い山を散策してみたりもしている。
それでもやはり、行きつくさきはお父様の突然の死、である。
そんなある日の昼下がり、湖を散歩していた。
カモがやかましくお喋りをしているのをききながら、ぶらぶら歩いている。すると、狭い歩道の向こう側から数頭の馬がやってくることに気がついた。
こんなところに?
立ち止まって眺めていると、あっという間にわたしの前にやってきた。
その先頭の黒馬は、馬のことを知らないわたしでもずいぶんと立派だということがわかる。
「ユイ」
わたしの名を呼ぶ声が、馬上から落ちてきた。
驚いて馬上を見上げると、陽光よりもまぶしい美形が輝いている。
「第二皇子様、ご挨拶申し上げます」
驚きつつも、スカートの裾を上げて挨拶をした。
「きみたちは、彼女の別荘で待っていてくれ」
近衛兵の方たちかしら?
第二皇子は、うしろにいる数名の人たちに命じた。
第二皇子も含め、どの方も軍服ではなく一般的な乗馬服姿である。
馬首を返して彼らが去ると、第二皇子は黒馬からおりてわたしに近づいてきた。
「先日はわざわざお越しいただき、ありがとうございました。醜態をさらしましたこと、お詫び申し上げます」
もう一度、スカートの裾をあげてお辞儀をした。
「あー、その……。ユイ、そんなにかしこまらないでほしい。この前は名乗りそびれたんだが、わたしはトマス・ベルジック。トマスと呼んでほしい」
彼は、急にモジモジしはじめた。
あの夜は動揺していてすっかり失念していたけど、第二皇子は女性が大嫌いなことで有名なお方。国王が縁談をすすめても、ほとんどを断っているとか。まれに会うところまでいったとしても、会ったその瞬間に断るらしい。
どんな女性にたいしても不愛想でつっけんどんな態度だから、だれもが「女性嫌いの将軍」と口をそろえて言っているときいたことがある。
その第二皇子が、わたしにいったい何の用なのだろう?
「この前は久しぶりすぎたし、その前に、その、庭で衝撃的な場面を見てしまったものだから、何とか強がっていられたのだが……」
「ブルルルル」
つっかえながら言葉を並べる第二皇子の隣で、黒馬が鼻を鳴らした。
「わかっている。いまから伝える。だから、だまっていてくれ」
彼は、黒馬に怒鳴った。
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