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溺愛される
第二皇子、いえ、トマス様は、週に一度か二度はかならず訪れてくれた。
護衛の方々には別荘でくつろいでもらい、二人で湖や山を散策したり、乗馬を教えてもらって遠乗りを愉しんだ。
彼は、噂とはまったくちがった。
どうやら彼は、わざと女性を遠ざけていたらしい。
それと、わたしが平手打ちをしたことで、女性にたいしてどこか恐怖心を抱いているらしい。
戦場では陣頭に立って戦う将軍が、女性の前では思うようにいかないというのは、わたしのせいだったのである。
だとすれば、わたしは申し訳ないことをしてしまった。
だけど、平手打ちをしたからこそ、彼とこうして時間を共有出来ている。
正直なところ、子どもの頃の自分を褒めてやりたくなる。
それとは別に、彼がすごく不器用であることに驚いてしまった。
手に口づけをするのは、いわばマナーである。だから、彼もそつなくこなせる。
しかし、それ以上のこととなると、恥ずかしさでどうしていいかわからなくなるようである。
とはいえ、わたしも五十歩百歩。
わたしたちは、ゆっくり歩んでゆくのがちょうどいいのかもしれない。
そんな不器用な彼だけど、わたしを愛してくれていることだけはつねに感じる。
これは、元婚約者のカールにはまったく感じられなかったことである。
だからこそ、わたしもそれに全力でこたえることができる。
数週間と経たずして、彼がわたしを想ってくれている以上に、わたしの彼にたいする想いが強いと言いきれるようになっていた。
そんなある日、お屋敷にいる継母サリーナから書簡が届いた。
彼女とわたしの元婚約者のカールが、婚約発表のパーティーを開くという。
それは同時に、元婚約者のカールが、わたしとの婚約を破棄することを公にする場でもある。
お父様の喪が明けてすぐのことである。
わたしのことはともかく、お父様の名誉が傷ついてしまうのではないのか。
わたしは、そのことだけを案じてしまう。
一瞬、欠席しようかともかんがえた。だけど、それはサリーナの思うつぼである。それこそ、彼女はあることないことをゲストたちに語るに決まっている。
「面白い。では、その日は彼らにとって、婚約の発表以外のことでも記念すべき日になるようしてやろうではないか」
トマス様にパーティーのことを話すと、彼はいたずらっぽい笑みを浮かべた。
どうやら、つい先日調査が終了したらしい。
つまり、いつでも彼女たちを連行し、断罪することができるという。
「ユイ、わたしもゆく。きみの婚約者としてね」
「トマス様、ですが……」
「当然だろう?こういうパーティーに同道するのは、婚約者としての務めの一つ。だから、きみは何も心配する必要はない。不安に思う必要もない。わたしがついているからね」
トマス様の手が伸びてきて、わたしの頬をやさしくなでてくれた。
わたしは、その手のあたたかみに思いやりを感じて泣いてしまった。
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