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「わかるよ。あいつは本当に意地悪だもんな」
私が再び声をかけると、子どもは膝に顔を入れたまま声を荒げた。
「いっ、つもそうなんだよぉ。死んだほうがいいって。死ねって。おまえ、なんか、死ねだってぇぇ」
涙がボタボタと垂れているのが見えた。ついでにあれじゃ鼻水も滝状態に違いない。
やばい、焚きつけたな、こりゃ。
「もう泣くなよ。あんまり泣いてると今度はお母さんから、ピーピーうるさい、って怒られるぞ」
私がそう言うと、子どもは丸首シャツの袖を使って顔中を拭った。
思わず顔をしかめたくなるくらい、ベタベタに光っている。
ティッシュはないのか?
いや、なかったな。そんなもん。
私は改めて子どもをしげしげと見つめた。
すでに両袖は鼻水アメーバーに侵され、いまや腹を丸出しにしながらめくりあげた裾で顔を拭っている。
「あのさ、シャツの着替えあるだろ?そんなんじゃ気持ち悪いから、着替えたら?」
私がそう提案すると、子どもは初めて何かを察したように「だれ?」と言った。
そうして目をぱちくりさせている。
顔が明後日の方向に向けられているところを見ると、どうやら私の姿は見えないようだ。
「私は……」
私は言いかけて、言葉を詰まらせた。
私は、誰だろう? そんな疑問が湧いたからだ。
目の前の子どもが過去の自分ならば、ここにいる私は未来の自分なのだろうか?
未来? いや、私が生きているのは現在だ。
ならばこれは夢なのか?
それなら私はこう自己紹介しよう。
「私は『わたし』だよ」
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