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「あのさ」
私は子どもを諭すように、できるだけ優しく問いかけた。
「お姉ちゃんに死ねって言われたから死ぬなんて、お前の意志はないのか? 本当にお前は死にたいのか?」
「死にたいわけじゃないけど……」
「けど?」
「ぼくが死んだらお姉ちゃん反省するでしょ? ぼくをいじめてごめんなさいって泣くんじゃない?」
「泣くかもな。けど、その姿をお前は見ることができないぞ。死んじゃったら」
子どもは唇を尖らせて、大いに不満そうだ。
死者が蘇るとか、人生リセットできるとか、そういう発想を持つ年頃ではない。
「死ぬ」とはどういうことか、単純に本当の意味を知らないのだろう。
私は少し考えたあと、ある提案をしてみた。
「それなら、急病のフリをしてみたらどうだ。急に苦しむんだよ。お姉ちゃんを心配させてやることはできる。
もしお前が病気になったら、お姉ちゃんは優しくなるかもしれないだろう?」
「心配するかな?」
「たぶんね」
子どもは、へへへと少しだけ笑った。
「さあ、顔を洗って。着替えもしろよ」
私は子どもの頭をくしゃくしゃと撫でまわしたが、子どもは無反応だった。けれど初めて小さな笑顔を見ることができた。
その夜、子どもはハアハアと苦しそうな声をあげた。
当時、子供部屋は襖を挟んで隣同士にあり、声はよく聞こえていた。
襖の隙間から光が漏れているし、寝る前の姉の耳にこの唸り声は届いているはずだ。
「うぅ、ハアハア、うう」
少しわざとらしい気もするが、迫真の演技とも言えるような……、ちょっと微妙な息づかいが5分ほど続いたのち、ついに姉の部屋から人が立ち上がる気配があった。
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