恋と桜と少年と

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 ぐうの音も出ないとは、まさにこういうことだった。確かに自分は今まで、“誠実な恋”なんてものをしてきたことがなかったのかもしれない。ただ、雪桜通りで恋愛に成功する自分に、夢を見ていただけなのかもしれなかった。友達や先輩がうまくいったと、そういう話を聞くたび焦りばかりを募らせて。  彼氏という存在は、私のアクセサリーでもなければ、ステータスでもないはずだというのに。一人の尊重すべき人間だったというのに。 「……あんた」  拳を握り、私はようやく立ち上がった。瞬間、ふわり、と周囲に花びらが舞いあがる。 「ご近所の子供じゃなくて、マジで桜の精霊とかそういうオチだったりする?……七歳くらいのガキが、私の小一の時の恋を知ってるっておかしいでしょ」  この少年が、誰かからそういう話を聞いた、というオチも勿論ある。人外だとは決め打てない。それでも、七歳くらいの男の子にしては、やや喋り方や考え方が達観しすぎていて違和感があるのも事実で。  私がそう尋ねると、彼はハハハ!と声を上げて笑った。 「ご想像にお任せしますってことで。で、どうする?さっきの人、追いかける?」 「……やめとくわ」  もしそうなら。桜の木は私の幸せを祈って、本当に望んだ恋をするまで邪魔をし続けていてくれたということなのだろうか。  あるいは、幼い頃からひっそりと私を知っていたこの少年が、こっそりと想いを寄せる相手に彼氏を作るのが癪でちょっとした意地悪をしたのか。  もしくは、その両方か。――いや、どれであっても関係ない。大切なことは、私がそこから何を学んで生きるかどうかなのだから。 「成功して不幸にする恋より。成功して、二人とも幸せになれる恋をしなきゃ、意味がない。……そうでしょ」  だから、ありがと。小さな声でそう続けると、小さな少年は照れ臭そうに鼻を掻いてみせたのだった。  願わくば。私がもう少し大人になって、本当の恋を見つけて成功した時。それから結婚して、大切な家族を作った時。もっと欲を言えばおばあちゃんになって本当の自分の有り方を見つける時までずっと――この並木道が、美しい想いを降り積もらせるところであってくれればいいと思う。  きっと自分もそのつど知らせに来るから。  誰かの“幸せになれる恋”を応援してくれる、この桜のある場所へ。
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