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「西行という法師を知っておるか?」
「面識はございません。……が、私ども、神社仏閣で芸を披露させていただいております。その筋から、和歌に秀でた方と、評判だけは……」
力みのない声が2人だけの板の間に響いた。
「ふむ……。その法師、東大寺再建の勧進を行うためと称し、鎌倉殿に拝謁した後、奥州平泉へ向かった」
力蔵は、頭を下げたまま次の言葉を待った。
「西行法師。俗名を佐藤義清という。かつては北面武士」
「北面の……」
力蔵の頭がわずかに動いた。北面武士は上皇を警護するために御所の北面に詰めた貴族武士であり、平氏の興隆はそこから始まっている。何かと後白河上皇と対立する鎌倉の政府が北面武士を警戒するのは当然、という程度の知識は力蔵にもあった。
「西行の祖は藤原秀郷、奥州藤原氏とも遠縁に当たるとか……。奥州平泉まで西行法師の後を追い、その言動を探ってほしい」
「密偵になれと?」
「奥州へ入るのは、初めてではなかろう。嫌か?」
「いえ。そのようなことは……」
力蔵は独立と自由を尊ぶ傀儡子であり、権力に屈することを潔しとしなかった。しかし、権威を重視する神社仏閣で興行を行うから、多少の妥協は処世術だと心得ている。
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