新しい命

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新しい命

 1186年10月、傀儡子(くぐつし)の力蔵は鎌倉政府の公文所(くもんじょ)別当(べっとう)中原(なかはら)広本(ひろもと)に呼びつけられた。広本は朝廷の下級貴族だったが、(みなもと)頼朝(よりとも)に政治能力を見込まれ、行政を司る公文所を任された人物だ。  1087年、大蔵卿(おおくらきょう)大江(おおえ)匡房(まさふさ)(あらわ)した傀儡子記(くぐつしき)によれば、傀儡子は大道芸を見世物とし、狩りもして諸国を流浪していた者たちだ。女の傀儡子を傀儡女(くぐつめ)といい、謡い踊り、春も売ったという。男たちは、自分の妻が他の男と交わっても平気な顔をしていたらしい。彼らの芸が人形浄瑠璃(にんぎょうじょうるり)太神楽(だいかぐら)のもとだともいわれるが定かではない。 50歳になる力蔵は、(かしこ)まって頭を垂れていた。身分の低い者とはいえ、一族郎党40数名を率いる(おさ)だ。もはや人生も晩秋の老人だが、歳を重ねるにつれて烏帽子(えぼし)水干(すいかん)姿は凜々しく言動も風格を帯び、権力の一端にある広本にも存在感では負けていなかった。 「力蔵、よく参った。お前に頼みがある」  広本が平伏する力蔵の烏帽子を見下ろした。 「鎌倉殿の懐刀といわれる中原殿が、私などに何の御用でしょう?」  鎌倉殿というのは頼朝のことだ。 「頼みが三つある」 「はい」  力蔵は頭を下げたまま、軽くうなずいて見せる。
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