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手を思いっきり伸ばす。掴めた!両手で引っ張ってみると確かな手ごたえ。瞬間、
──行ける
と思った。
手で糸を手繰る。細い腕と蟹股に開いた脚と共同で身体を上へ上へ進めてゆく。手足の筋肉と腹筋がサクサクと小気味よく動く。運動苦手な私にはあり得ないこのサクサク感はどうしたことだろう……。
──なあんだ。夢じゃん、これ……。
現実の私の手足はこんなに要領よく動かすことはできない。運動音痴の私は、意志と動きが一致するのは夢の中だけだ。
──夢であってもチャンスはチャンス。頑張らなくちゃ!
電動のおもちゃのように小気味よく動く手足が頼もしい。楽しくなってくる。
糸にぶら下がりながら下界を見ると、恋に落ちたオンナどもが先を争って登って来る。
彫りの深い日本人離れした顔の美女が後続者に足を掴まれている。鬼の形相をまとった後続者は手段を択ばない。頭のすぐ上にあるオンナの陰部に指を突っ込み、内臓を引きずり出さんかの勢いで引っ搔き回す。突っ込まれたオンナは身体を突っ張らせたとたん、脚を滑らせ真っ逆さまに落ちてゆく。
──ククク……。あれ、ナツミじゃない?
かと思えば、ぽっちゃり顔のかわいいオンナが手足を伸縮させ上って来る。たちまち上から顔面を蹴られ、鼻から派手に血を吹き出し、真っ逆さまに落下してゆく。それを私は上空から静観している。
──アハハ! あれ、マイじゃん!
あちこちで水しぶき、いや、血しぶきが上がるのが見える。凄惨な光景だ。そう、恋に落ちるのは血の池に落ちるのと同じ。地獄なのだ。
トップランナーは私! 二位に100メートル以上の差をつけている。だが、ゆっくり構えてもいられない。恋に悶える女たちは必死だ。いつ追いつかれ、蹴落とされないとも限らないのだから。さあ、ゴールを目指さなくては!
だが、夢の中であってもさすがに手足がだるくなってくる。私は糸に両脚を絡め手足を休めようとした。ふうっと息を吐き、太腿に体重をかける。
すると、急に股間がもぞもぞしてくる。
──う! あの快感だ!
小学校の体育の時間を思い出す。あの時登り棒にしがみついた私を襲った未知の快感を二十歳を過ぎた今でも忘れない。鉄棒から勉強机の角へ、そして二つに折った座布団から五本指へ。成長とともに手段は変わっても、その快感に幾度溺れ意識を持っていかれたことか。
快感と同時に私を責め立てるこの罪の意識は何?
「勉強に集中できないのはこの悪習のせいよ。背が伸びないのもこの悪習で体力を消費してしまうから。ほら、アンタの罪がオマタでこんなに大きく赤く腫れている。お母さんはそんなはしたない娘に育てた覚えはありません!」
布団の中で身を丸め自分を穢すたびに母に叱責された。いや、違う。実際に叱られた記憶はない。母はたぶん私が自慰をしていることは知らなかったと思う。私を叱責するのは自分自身だった。オナニーを覚えると同時に私は罪を覚えた。罪の意識が覚醒するたびに私は母となり、自分の穢れを忌み嫌い、罵るのだった。
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