10.不治の病

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 股間から勢いよく液体が噴き出した。それは仰向けになっている奥様の顔に滝のように注がれる。液体の正体を知った私は必死に止めようとするが、筋肉が麻痺してどうにもならない。腰はだるくて力が入らず、位置を変えることもできない。膀胱にたまっていた液体がすべて漏れ出てしまったのだった。  恥ずかしくて泣いた。シーツ上にできた大きな黄色いシミの上にぺたんとお尻をつけ、手のひらで顔を覆って泣いた。部屋中、尿の匂いが振動している。どうしてよいかわからずただひたすら泣いた。 「どうして泣くの、スズちゃん?」  奥様が手を伸ばし、顔から手を剥そうとした。私はえーんえーんと泣き、駄々っ子のように身体を振り奥様の手を拒絶する。 「スズちゃんの身体は私の身体よ。スズちゃんが失禁したのは、私が失禁したのと同じ。それ、私のおしっこよ。あなたは恥ずかしがることないの」 「でも……、でも……」  私は大きな口を開け泣きわめいた。恥ずかしくて、情けなくて、涙腺から大量の涙が溢れ出た。  ドアの向こうに人の気配を感じた。きっと先生が心配して中の様子に聞き耳を立てているのだろう。  先生の存在を意識したとき、私の羞恥心は頂点に達した。ドアの外にまで尿が匂っているのではあるまいか。私がよりによって先生のお屋敷でお漏らしをしてしまうなんて。おしっこの匂いをよりによって先生に嗅がれてしまうなんて。私は自分の不甲斐なさを呪った。軽率さ加減に唾棄した。このまま舌を噛んで死んでしまいたかった。この世からなくなってしまいたかった。 「いい? スズちゃん、よく聞くのよ」  奥様は髪の毛から滴り落ちる液体を手の甲で拭いながら私に言い聞かせた。 「私の心があなたの身体の中に入り込んで定着するまで、いろいろなことがあると思う。常識や理性で受け入れ不可能なことも起こるかもしれない。でも、そのすべては私が望むことなの。恥ずかしいと思うのは私を否定することよ。どんなことがあっても恥ずかしいなんて思わないで。私を否定しないで。私には時間がない。明日にでも死んでしまうかもしれないんですもの。すべてを受け入れるの。オルガズムも、失禁も、すべて受け入れてほしい。それがあなたと私が一つになるということよ」  そうなのだ。私は自我が強い。自分のことばかり見つめすぎて、臆病になってしまうことが多かった。だが、自我が踏ん張っていたら奥様が入って来れない。奥様がなさるすべてのことを受け入れよう。どんなに恥ずかしいことでも。だって、私は奥様を愛しているから。
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