11.先生の趣味

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「私の作品のモデルは妻です。妻以外の女性は撮りません。妻が高校生の時撮り始め、発病するまでずっと撮り続けてきました。趣味というよりライフワークと言った方がいいかもしれません。そのくらい真剣に取り組んできたんです」  私は、この人は本当に奥様を愛しているのだと思った。奥様も先生を信頼しきっている。二人の信頼関係は動画でも垣間見えた。奥様の視線。奥様の仕草。伸び伸びと舞う四肢。喜びに輝く乳房。惜しげなくさらされる性器……。  高校生との間であれだけの信頼関係が造成されていたということは、二人の恋愛はいったいいつから始まったのだろうか。十歳も年の離れた少女を愛するなんて、先生にはロリコン趣味があったのだろうか。いやいや、先生にそんな歪んだ性的嗜好などあろうはずもない。きっと英国文学を愛するような真っすぐな気持ちで若い奥様を愛したのだろう。  これ程にも一人の女性を愛することができる先生はやはり尊敬すべき存在だ。この方のお屋敷に自由に出入りでき、誰にも見せたことがないという動画を見せていただいている私は、もっと自分を誇るべきだ。 「永吉くんは私を変態だと思いますか」 「いいえ」  私は首を大きく横に振った。 「先生のお気持ち理解できます。だって、奥様はこんなに美しいんですもん。このような方を愛してしまったら、その美しさを永遠に記録したいと思うのは当たり前のことですよ」 「そうですか……。永吉くんに見てもらってよかった。キミにならわかってもらえるんじゃないかと思っていました」 「『私なら』? どうしてですか」 「僕の講義を聴くキミのまなざしから、そう思ったんです」  先生ははにかむように顔をしかめた。そこには愛を告白する少年のような不器用さと初々しさがあった。 「私の作品はその性格上、人に見せないようにしています」  奥様を大切にされているからこそだろうな、と私は漠然と思った。 「キミが私の作品を見せた三番目の人です」 「三番目……」 「そう、三番目。三人とも私に非常に近い女性です」  先生が私を「非常に近い女性」と言ってくれたことが嬉しかった。あんなに遠いと思っていた先生が自ら降りて来て、気がつくとこんなにそばにいる。先生の秘密の趣味も見せてもらった。私は自分が思っていたよりまともな女なのではないだろうか。ナツミのような派手な女がそばにいたから自分の価値に気づけなかった。先生のような、文字になった作品の奥の奥を研究している人には、私の奥の奥が見えるのかもしれない。先生と出会うことにより私は命を得たのだ。  しかし一つのことが依然と疑問として残っている。先生が自分の作品を見せた最初の女性はもちろん奥様だろう。奥様が一人目。私が三人目。すると、二人目は誰なのだろう。先生と高校生の奥様が男女の関係であることを知っているもう一人は一体?
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