11.先生の趣味

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 先生はチェアーを九十度回し、私と向かい合った。私を見つめる瞳の深さに心を打たれた。奥の奥を覗き見る目。内の内を探求する目。私は何か決定的な瞬間が迫っていることを本能的に感じ取った。 「キミを撮らせてもらえませんか」 「は……」  先生のオファーが血流とともに私の身体を巡った。何度巡っても私は先生の言葉を理解できなかった。 「吉永美鈴さんを撮りたいんです。撮らせてもらえませんか」 「は? ええ? わ、私ですかぁ?」  私は自分の鼻に人差し指を当て、素っ頓狂な声で問い返した。この世にありえないオファーだった。自分の耳が信じられなかった。羞恥心と自尊心が追いかけっこをしながら私の身体を巡った。  奥様はあんなに美しい方だから、先生の霊感を刺激できたのだろう。私はどこにでもいる普通の女。美人でもセクシーでもない。いくら先生が私の内面を評価していてくれるとはいっても、動画となると容貌が問題になるだろう。  それに私は奥様のようにバレエが踊れたり、プロ並みにピアノを弾いたりなどできない。先生の霊感を刺激できるような要素は何一つ持ち合わせていないのだ。 「先生の作品、すべてピアノの演奏から始まりますよね? 私、ピアノ、少しは弾きますが奥様のようには弾けません。それに私、背がこんなに低いですし、胸ばかり大きくて、ほかのパーツにも自信が……」 「それは、あなたの狭い見方です」 「狭い……」 「そう。キミは自分自身の魅力に気づいてない。多くの人は自分自身の魅力には気がつきにくいものなのですが、キミの場合は特にそれがひどい」 「ひどいって……」  取り柄のないオンナだってことはわかっている。でも「ひどい」と言われたことは一度もない。教師から劣等生の烙印を押されたみたいでショックだった。
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