12.マイの探偵ごっこ

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 ほらほら、すごい情報が出て来た。なんてったって、マイの背後には父兄会の経験が豊富なスーパーオカンが控えているのだから。  先生の奥様は三年ほど病院の精神科に入院していた。ほとんど監禁状態だったが様態が快方に向かってきたので、試験的にしばらく自宅療養させてみることになった。親密な家族に囲まれリズムのある生活をした方が早く良くなるらしい。山崎先生の自宅は昼間誰もいないから、父親の理事長がしばらく引き取って面倒を見ることになったという。  退院した翌日から桜が見たいと言って、毎日近くの公園を散策を日課としていた。ある時は理事長と、またある時は夫である先生が同伴した。その週の土曜日、大学の授業のない先生が奥様と手をつないで公園へ出かけたが、ちょっと目を離した隙に奥様の姿が見えなくなった。あちこち探したが見つからない。奥様は公園の近くのマンションの屋上に上り、飛び降り自殺を図ったのだった。地元の新聞紙には墜落事故として報道された。おそらくは理事長の働きかけがあったのだろう。 「これもオカン情報なんだけどさあ、奥様の頭の具合がおかしくなったのは先生の浮気が原因らしいって。自殺の原因もそれと関係があるんじゃないかって」  ショックでしばらく口がきけなかった。誠実を絵に描いたような先生が浮気をするなんて。いやいや、オカン情報だって出所は所詮井戸端会議なのだろう。そんなのを丸々信じるわけにはいかない。噂よりは私が自分の目で見た先生の人間性を信じよう。  しかし、浮気がもし本当のこととすると──そのお相手は……?  私ははやる胸の鼓動に押されるようにして机の上に手を伸ばしメモ帳を掴んだ。  ボールペンで「山崎瑞貴」と書き、向かいのマイに見せた。奥様の部屋のテーブルの上に置かれていた封書の宛名にこうあったのだ。 「これ、ミズキでいいのかな?」 「うん、普通ミズキじゃない?──ああ、この人知ってる。先生の妹さんでしょ?」 「え? 妹さん⁉」  全身稲妻に貫かれた。激しいショックで息ができない。く、苦しい。畳に手を突き、もう片方の手を胸に当て無理やり空気を吸い込む。気管支がゼイゼイいっている。 「ちょ、ちょっと、美鈴、大丈夫?」  マイが慌てて私の脇に来て背中をさすってくれる。そのおかげでだんだん落ち着いてきた。震える手で氷の浮いた麦茶に手を伸ばす。少しづつ飲むと冷たい液体に身体の熱が冷やされ、心が安定してくる。私は話の続きを催促する。 「その人、うちの財団の関係者ならみんな知ってるわよ。音大の優等生でピアノがとても上手なの。年に一度、うちの高校に来て演奏を披露してくれるのよ。ピアノが上手いだけじゃなくて、お姿も麗しいのよ。まっ白のドレスが似合う清楚系の美人。女生徒の憧れの的だった。情熱的な手紙書いて渡した友達もいたんだよ」 「ご結婚はなさったのかしら?」 「さあ、どうだろう。大学は卒業されたはずだけど、まだお若いし、結婚はまだじゃないかなあ。あ、そうそう。一度ね、今度の曲は私の愛する人が大好きな曲ですって言って弾いた曲があったよ」 「へえー、どんな曲だったんだろう」 「確か、バックスっていうイギリスの作曲家の曲だった。軽くて、爽やかで、上品で……。ああ、こういう曲が好きな男性なら瑞貴さんと合うだろうなって思った」 「イギリス……」 「あは! そういえば山崎先生も英文学だよね。きっとイギリスかぶれの兄妹なんだね」  私は訳が分からなくなった。先生が「家内です」と紹介してくれた女性は、マイの話を信じるなら、間違いなく妹さんだ。どうして妹が兄の妻になるのだろう。 え? 奥様が自殺? その原因は先生の浮気? その先生が今度私のヌードを動画に収めたいと言っている。それも奥様(妹かも知れない人)が望まれたのだと。  一体あのお屋敷で何が進行中なのだろう。  この謎が解けない限り、先生の前で裸になることなんてできない。自分のヌードを記憶媒体に残すなんてもってのほかだ。    
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