13.奥様の告白

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「妹さん……。だって、はじめてお目にかかった日に『家内です』って……」 「そうよ。妹でありながら妻……」 「そんなことって……」  残っていたわずかな希望は消え去った。先生は妹と男女の関係にあるのだ。私は初めて先生のお屋敷に泊った日、そぼ降る雨の音に交じって夫婦の営みが漏れ聞こえて来たのを思い出した。 「愛し合っていたのよ。今も強く、深く愛し合っているの」  奥様は私の顔を覗き込むようにして言った。噓偽りではないと、信じてほしいとその強い視線は語っていた。 「奥様……」  奥様の表情は妖艶だった。まるで今、先生の胸に抱かれ愛撫を受けているように顔は高潮し、目は潤みだしていた。 「だって私、(たくみ)のたった一人の妹なのよ。そう、たった一人の。巧の妹と呼ばれるのは世界で唯一私だけ。私は巧にとって世界でたった一人の存在なの!」  奥様は私の前で初めて先生を(たくみ)と呼んだ。その発音の仕方と言ったら、まるで神か救世主か絶対権力者の名を呼ぶような敬虔と愉悦に溢れていた。 「巧は私を特別にかわいがってくれた。愛してくれた。その(あかし)があの動画よ。スズちゃんも見たわよね」  そうか。あの芸術の域にまで昇華された作品は、世界で唯一「妹」と呼ばれる絶対的存在に対する愛情と崇敬の表れだったのか。ストンと音を立てて腑に落ちるものがあった。 「あれは、私の処女の最後の瞬間を記録したものなの。撮影が終わったその日に私は巧に身体を捧げたわ」 「う……」  言葉が出なかった。  私の性能の悪い頭は二つの疑問の間を行ったり来たりし、それ以上の思考の発展を妨げていた。  愛する人に身体を捧げたいというのはわかる。だが、そもそも兄妹間にエロティックな愛が成立するものなのだろうか。それが一つ目の疑問。そして二つ目は、いくら愛し合っていても、公序良俗に反するという思いが愛の行為にブレーキをかけるのでなないだろうか、という疑問。  きっとご両親の教育に何か間違いがあったのだろう。それとも、普通の家庭では考えられない特殊な環境で育ったのだろうか。いつの間にか憐憫の情で奥様を見ている私。 「兄妹でも相思相愛なの。なら、どうして男と女の関係になってはいけないの⁉」 「……」 「狂おしいぐらい愛しているの。なのに、なのに……」  膝の上のクッションが床に落ちた。4年前のプログラムもひらりと脇に落ちた。奥様はこぶしで三度、すっかり瘦せ細った両脚を叩いた。 「兄を愛したからって、どうして私はこんなに罰せられないといけないの⁉ どうして身体中が動かなくなって、死んでいかないといけないの⁉ ねえ、どうしてよ⁉ 教えてよ、スズちゃん!!」  奥様は両手で顔を覆い号泣した。細い身体が雨に打たれる木の葉のようにぶるぶる震えている。 ──罰せられる⁉  そうか。奥様にとって病を得たことは天罰だったのだ。兄妹で愛し合ったことに対する罰。あまりにも深く愛しすぎたことに対する天の怒り。 ──いや、怒りではない、  と思った。 ──嫉妬。  あまりにも美しい兄と妹があまりにも純粋に愛し合うものだから、天は嫉妬したのだと。  今年の異様に長い梅雨もそれに関係があるような気がした。  
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