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奥様はそう言うと、くるりと車椅子を回転させ、雨にしっとりと濡れた庭園に遠い目をやった。やせ細った後姿が車椅子にすっぽり埋まっている。車椅子の背板より縮こまてしまったようにも見える。奥様にはわずかな時間しか残されていないことを悟った。
「私が死んでも巧は誰にもあげない……」
奥様がぼそりとつぶやいた。
「私が美鈴さんの身体の中に入って、あなたが生きる限りこれからもずっとずっと巧を愛し続けるの。あなたに巧をあげるんじゃないのよ。私があなたの身体を使って巧を愛し続けるの。巧も私を愛し続けるって約束してくれた。あなたの身体に宿った私の魂を愛し続けるって……」
私がどんなに先生を好きでも、奥様には到底かなわないと思った。その情熱において。その愛の質において。私が先生を愛する資格を得るのは、奥様と心も体も一つになれた時。
庭に晴れ間がさした。私はバルコニーに近寄りしっとり湿った庭園がキラキラ輝いている様子を眺めた。
その足で、ゆっくりと脱衣室に向かう。お奥様は痩せこけた背中で私の動きを追っている。奥様は背中で私をマリオネットのように操っている。
脱衣室に入り服を脱ぐと、ほのかに汗の匂いがした。私の汗の匂い。この匂いが奥様の匂いと同一化するまで奥様に愛されなければならない。
全裸で鏡を覗き込む。
私の乳房。私の性器。私のアンダーヘア。──これらは奥様と一体になることにより初めて価値を持つものなのだ。奥様と心を合わせよう。私の身体を奥様に使ってもらおう。それが私が先生に愛される唯一の方法。
熱いシャワーが気持ちいい。
奥様の使っているソープ。奥様の使っているシャンプー。──奥様の愛用品を身体中塗りたくる。
シャワーブースから出ると、籐のかごの中に奥様のバスローブが入れてあり、その上に奥様のショーツが置かれていた。そのどれもが柔軟剤の香りがする。奥様の好きな香りがしみ込んでいる。
それらを浄めた身に着ける。
私は奥様をまとったのだ。でも、それで奥様になれるわけではない。外からだけじゃ足りない。内側からも奥様を受け入れなくては。奥様のすべての望みを受け入れる身体にならなくては。
奥様はすでにベッドの上で裸でタオルケットに包まれていた。
束の間の晴れ間だったようだ。庭園がまた暗く沈んでいる。
私はベッドに横たわり、奥様のヒンヤリした体に身を寄せ、痩せた肩からゆっくりタオルケットを剥してゆく。
庭の木々を打つ雨音に、女のうら悲しい喘ぎ声が溶け込んでゆく。
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