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序曲
【見えぬ姿に見える者】
街並みに灯る明かりが地を照らし天の星の輝きをかき消すよつに燦々と煌めき、雲に月が隠れた事も気づけぬほど。
今宵も人々が街を歩く。様々な思想を懐いて、時に衝突し、決壊し、逢瀬を経へ思想は連鎖し束ねられるように。
その中を人知れず、見る事も触れる事もできない世界を走る者がいる。
「優、急げ。このような人だかりでは派手に戦えんぞ」
「わかってる。捕捉さえすれば後は場所を変えればいい」
優と呼ばれた〈闇を走る者〉は〈飛ぶ者〉に答え、〈飛ぶ者〉はすんすんと鼻先を動かし『次の角を右だ』と優を促し、刹那、曲がり角で人とぶつかりそうになるも何事もなかったように透過し、そのまま走り抜けて行く。
誰も優を認識してはいない、見る事も、触れる事もない。
やがて優は真紅色の裏地のトランプの入ったケースをどこからともなく取り出し、ケースを開けると共にトランプカードが連なりながら優を包み込む。
そして一瞬青く炎が燃えると共に優は赤紫色のベストと黒のワイシャツを着こなすカジノディーラーを思わせる姿へ。
連なるトランプは生き物のようにケースに戻るとそれをベルトのバックルにセット、黒の手袋をしっかりはめてショートへアの黒髪を整えると赤茶の瞳がそれを捉えた。
「いたぞ優、やれるな?」
〈飛ぶ者〉は光源を背景にコウモリのシルエットを映し、優はふーっと息を吐きながら路地裏から覗く蠢くものに近づき、バックルからトランプを一枚引いた。
「やれるさ、あんたに鍛えられた転葬者だからな」
転葬者を名乗る優に気づいた蠢くものが振り返り、紅き眼光を光らせ甲高く咆哮し鈍色に光を返す身体を大きく持ち上げる。
巨大な金属のネズミのような怪物。だが人々はそれを認識してはいない、いや、できないのだ。
ちらりと優が先程引き抜いたトランプの確認、♠の5のカード。
それをすかさず身体を捻って怪物へ投げ、右目に突き刺さると青い炎と共に炸裂。
苦悶の声を上げる怪物がよろめくのを確認してから優は右方向へと走り出し、怪物も隻眼となってから敵意の鳴き声を上げて地を駆け追跡開始。
怪物は巨体に関わらず非常に身軽で素早く、優との距離を詰めていく。
一方の優はバックルよりトランプを再び引き抜いて確認、今度は♡の7。すぐに目の前の工事予定地の柵を飛び越え、誰もおらず何もない場所の中心へ。
振り返りながら中空へトランプを投げ捨てると、トランプが光って薄いレンズのようなものを空中に出現させ、追いつき飛びかかってきた怪物がそれにぶつかり弾かれながらも回転し着地。
何が起きたのか怪物自身はわからず、本能的に距離を置いて警戒を強め優の方は小さく鼻で笑ってからバックルに手をかける。
「別にお前に恨みはない、が、ほっとくわけにもいかないんでね」
バックルより引き抜かれるのは5枚のカード、♠の6、♡の2、♣の6、♠の10、◇の6の5枚。
その中の♠6、♣6、◇6、スリーカードの役を左手に持ち替えて掲げ持ち、足元より逆巻く風が優を中心に周囲へと踏み込む。
怪物は身の危険を察してか振り返らずに下がろうとするも、目の前に優の姿はなく身体を立てて上へ頭を上げた時に捉えたのは♠の6のカード。
間もなく頭に突き刺さりそのまま通過し足元へ、同様に♣の6、◇の6のカードも怪物の身体を切り裂いて突き刺さると青い炎を放ちながら燃え上がり、4つに裂かれた怪物を包み込み一気に燃え上がりそして消えた。
「転逝態浄化完了……」
優が右手をそっと前に出すと燃え尽きた3枚のカードが青い光と共にすうっと現れ、♠の5、♡の7も同様に現れ重なるとそれらをバックルへと収めため息をつく。
「優、行くぞ」
パサパサと小さな羽音と共に傍らを飛ぶのは掌ほどのコウモリ。
人の言葉を使う飛ぶ者の前に手を出して優が静止を促すと、直後に甲高い咆哮が響き渡り、そして工事現場に飛び込む人影と先程の怪物と同じ化け物がぬうっと姿を現す。
「だ、誰かっ……助けて……!」
「ちっ……うざってぇ!」
助けを求める声に舌打ちで応え、優がバックルより引くは♣の3、♡の4、♣の5、♠の6そして◇の7の5枚。
ストレートの役のカードが順に優の右手の甲から張り付くと力強く拳を握り締め、地面を叩く仕草をして優は怪物目掛けて大ジャンプ。
人影に歯牙を向けようとしていた怪物が頭を上げ、優は拳を引きつつ言霊を紡ぐ。
「理貫く整数の列、我が手から疾風り真実を導け!」
怪物の引っかきを避けつつ強烈な右ストレートパンチが怪物の頭に炸裂、右手に張り付いているカードが青い炎で燃えるとメリメリと鈍色の身体をひしゃげて破砕し、その下の赤い肉体すらも穿く。
ぐらりと後ろへ倒れる怪物の身体が青い炎に包まれて焼き尽くされ、着地した優はそのまま去ろうとすると、ふと、倒れ込んでいた人影と目があってしまう。
「あれ……? 君は……望月 優、くん……?」
「金澤 美咲っ……!? 見えるのか、お前……!?」
雲が晴れて月光の下に姿が顕になるのはサイドテールの赤い髪の少女。きょとんとした様子の彼女に対し、同じく月下に姿を晒す優は目を大きくし動揺を見せていた。
見えぬ姿に見える者、名前は知れども知らぬ者。その出会いが序曲を告げる最初の調べ。
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