AM09:15 ある日のルーティーン

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AM09:15 ある日のルーティーン

晴れの日。 常連客のおじ様が「いつもの」をオーダーすれば、深煎りのブラシル豆を挽き立てる。私が挽いた豆でも、いかに美味しくするかはマスターの出番。ボケる年齢ではないと自虐しつつも、歳相応な皺を重ねる、熟練の手は迷いを知らない。 その日もその日で、偏屈と煙たがれる常連のおじ様は、「いつもの」珈琲をルーティーンとし、穏やかな朝刊を読む静けさに耽るのだ。 そんな「いつも」が「いつも」で無かった日。 それはおじ様が来ない日ではなく、いつも通り店に入り、「いつもの」とオーダーをした、朝刊の無い日。 いつも読んでいる新聞が休刊の日は、代わりに違う新聞をマスターが置いている。その日に、おじ様は来られたのだ。決まった新聞を決まった時間と珈琲でしか読まない、ルーティーンを崩さないおじ様が。 私はいつも通りブラシル豆を挽くも、何も読まず、その日はカウンターでじっと私を無言で見つめ、気恥ずかしかったのを覚えている。 マスターはマスターで、いつもの調子で、ただ無言、だが余裕さえある穏やかな表情で珈琲を入れていく。 コトンと一杯、深煎り苦めのブラック、ミルク無し。いつもの通り、いつものように。珈琲を啜るおじ様は、何ら変わりの無いようにも思えた。 スッと、マスターはカウンター奥へ入っていく。少しの間が空いた後、帰ってきた彼はおじ様に、コトンと一箱、白い包みを差し出した。 「何のつもりだ」 「今日卸したケーキです」 「頼んだ覚えが無い」 いつものでいいんだ。余計なことはするなと言わんばかりに、低い声がうなりを上げそうになった途端 「結婚記念日」 それを制された、意外な言葉。 呆気にとられる私を余所に、おじ様は知っていたのかと言わんばかりの、大きなため息。 「……開店当初から、敵わんな」 「無くしてから、痛感する身ですので」 「甘味如きで、許されると思うか?」 「何も変わらぬ普段より、変化は相応の驚きではあると思いますよ」 二人分ありますし。そう言って、マスターは開店から三十分ほど経った鳩時計を見る。 「嫁は紅茶派なんだ」 そう言って、珈琲を飲み干し、礼も何も無く。マスターからのケーキ箱を手に、店を後にしたおじ様。 次の日から、またいつもと変わらぬ午前の空間がルーティーンとなった。「夕べのお酒、美味しかったです」と、「行きつけのとびきりの酒だ、当たり前だろう」などと会話が少しだけ交わされたのは、後日のこと。
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