シリウス

4/13
前へ
/85ページ
次へ
 座席は入口に背を向けて奥が俺、隣が千春君でその向かいが耀ちゃんで俺の向かいが先輩。なんとなく先輩の隣かと思ってたけど、スモークが掛かってて中からも外からもお互いの様子が見難い店内は客が来るなら入口しかない。犯人の顔を認識していて見張れる先輩と耀ちゃんがそっち向きで座ったみたい。  ついでにいうなら、まさかの大立ち回りが行われた時に備えて動きやすい位置に耀ちゃんが座ったんだろうね。  まず、先輩が一番聞きたがってた何に薬が入っていたのかなだけど。 「それやけど、自信無いねん」  申し訳なさそうに耀ちゃんが視線を下げた。  よくよく考えてみればいくらなんでもそんなにじっくり観察してるのは難しいよね。しかもあのお店はそこそこ賑わってた。  耀ちゃんが申し訳なさを感じる必要は無いとは思うんだけど、じゃあなんで直接話すってなったんだろ? 「テーブルに置かれてたピッチャーだとは思う。なんか不必要に蓋を触ったな?って思って見てたら暫く待って同じテーブルの面子に注いで回って、最後の底の方のちょっと濁った水を翔平へ介抱するみたいな素振りでわざわざ飲ませたから凄い違和感があった」 「薬の沈殿を待った? 」 「分からん。でも、自分は一口も飲まんかったからなんかおかしいなて」  そっか。親切で水を配ってくれる人は居るけど、その場合は自分の分も用意して飲むよね。  ピッチャーなら軽々しく持ち出せなかっただろうし、グラスに付いた薬を狙うのも違うテーブルに居た耀ちゃんには中々ハードルが高そう。 「あのお水、中にフルーツ入ったオシャレなやつだよね?」 「ぉん。だから、匂いとか果物から出る渋みみたいなので薬の違和感消そうとしたんかと思って店出る時に中からオレンジのひとつでも取ってこようと思ったんやけど、思ったよか早く外へ連れ出されてハンカチで適当なグラス(ぬぐ)ってくるのが精一杯やった」 「え?」  証拠は持って来れなかったって言ってなかった?  またバツの悪そうな顔をして、肩を竦めた。 「量が少なすぎて薬物が確かに入れられたって検証結果がでなかった」  千春君が軽くため息をついた。  刑事事件になっちゃったらもっとしっかり調べてもらえるはずだから念の為にとってはあるらしいけど、耀ちゃんが店の人に怪しまれずに、且つ、急いで拭った水はピッチャーそのものじゃなくて、誰かのグラスだったわけだ。せめて俺のグラスの水を取ってこられてたらって耀ちゃんは物凄く悔しがったらしい。  ゆきちんの伝手(つて)を使っても、現状ではっていうところまでしか掴めなかったらしい。  先輩がレコーダーの容量を少し持ち上げて確認した。念の為、先輩と千春君はスマホとは別にレコーダーを起動させてる。  お互いの発言の確認と何かが起きた時の証拠として。  俺ももう十分大人だって思っていたけど、こういう非日常に立ち会ってしまうとまだまだ経験不足なんだなぁと思い知らされる。 「いや、薬が不特定多数に使われたってわかったのは収穫だよ。少なくともこっちにはね」 「会社へ?」 「うん。もうこれは報告を上げて上の指示を仰ぐレベル。俺一人の手に余る」 「薬の可能性やけど、データは渡せます」 「助かるよ」  耀ちゃんがカバンから左上をホチキス留めされたA4の紙束の入ったクリアファイルを取り出して、テーブルの下で隣の先輩の膝の上へ置いた。  いつもは手ぶらでランチへ出る先輩はへ来ているから、デザイン用のスケッチブックとノートパソコンが入るバッグを肩に掛けていた。こういう可能性を最初から考えてたのか……。  紙をちろりと確認して、ほぅ……って息を吐いた。 「この検査機関俺でも知ってるような有名どころじゃないの。よく一般人の依頼受けてもらえたね」 「知り合いが居るんで。かなり無理言って急がせたけど一ヶ月近く掛かって後手踏んだわけだ」 「家の中の盗撮も依頼かけてから実際に中を隅々まで調べて撤去するまでそこそこかかっとるし……」 「俺か耀が居ればどっちかが直ぐに立ち会ったんだけどな、定時の仕事を持ってる圭とミツだけじゃフットワークが重くてかなわん。それに俺と秀へは細かな情報がまだその段階じゃ来てなかった」  そういう事か。  耀ちゃんが俺のストーカー被害に気が付いてゆきちん達にヘルプを出すまで、事案発生から実際にはそれなりのタイムラグがあったのか。  俺自身が気が付かないわけだからそれは仕方が無いとして、たっきはたっきで自身の周りを怪しんで確証を得るまではって黙って動いた訳だし、やっぱり誰かに情報を集中させてそれぞれのピースをひとつにする事が出来る頭脳が無いと全容なんて見えてくるはずが無い。 「出遅れた感はあるけど、その検査結果を以て俺等は反撃の狼煙(のろし)を上げたわけだ」  運ばれてきたコーヒーに口をつけて、千春君が綺麗な声に凄みを乗せて呟いた。 「格好良いなぁ」 先輩は目を細めて千春君を眺めてから自分もコーヒーを口に含む。 「なんなのなんなの、ここのコーヒー美味しいじゃない」  とても嬉しそうだ。  耀ちゃんがなんなんだこの人?って風に先輩を見つめてる。  俺もデザイナーの端くれだからあんまりこう言いたくないんだけど、クリエイターは感性が独特の人が多い。先輩は良い人だし明るいけど、やっぱり独特の世界観を持ってる。 「気に入ったなら良かった」 「いやー、いきなりCHIHARUとヨウに会うってなって内心ビビってたんだけど、勝田の家族だけあって普通で良かったわ」  驚いて目を見開いたら、先輩はにこにこ笑ってカップを傾けているところだった。  俺の家族だけあって?  そう言ってくれたんだ。  なんか、こそばゆいけど……嬉しいな。 「ジュエリーデザイナーと違うん?そゆのって芸能人と会うもんやって勝手に思ってたわ」 「俺?ジュエリーもやるけど色々だよ。芸能人とかじゃなくて社のシリーズ物の担当だからさ」  内心で訂正しておく。  名前が売れるデザイナーなんてひと握りで、会社に所属して途切れずに第一線を走っている先輩はこのフレンドリーさからは想像出来ないくらい凄い人なんだ。  知らないで先輩のデザインしたネックレスやリングをしてる女の子もいっぱい居ると思う。 「そんなもんか」 「そーそー、俺だってアーティストって具体的にどんな仕事してるか知らないからおあいこってやつだね」  そうだよね。  俺は千春君がギタリストだって秀ちゃんから聞くまで気が付かなかったくらいだもん。音楽だけなら耳にしていたはずなのに、本人と紐付かないまま好きで聴いてた。  家族ですらそんな感じなのに、仕事を詳しく何してるかだなんて他の業種じゃ想像もつかない。
/85ページ

最初のコメントを投稿しよう!

34人が本棚に入れています
本棚に追加