アカシア

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 ……そういえば。  いつの頃からか、耀ちゃんは俺を家族で唯一〝翔ちゃん〟て呼ぶようになった。  つまりはそういう事だったのかと今更ながら気がついた。  親しみを込めた呼び名だと勝手に解釈していたけれど、そこには違う想いも込められていたんだったら、そうと気が付かずに呑気に家族だからって抱きついたりしていた俺はとても無神経だったんじゃないかって過去のあれやこれやが頭に浮かんでは消えていく。  今思い返せば耀ちゃんから俺へのスキンシップはかなり控えめだった。それは俺の性癖を知っているから遠慮してくれているんだと思ってたし、たっきや秀ちゃんにはそこそこくっついたりしてたけどゆきちんや千春君には相手が嫌がりそうだからと程々の距離感で接していたから、細かいところにまで密かに気を配る耀ちゃんの事だから相手のテンションによって変えてるのかなぁくらいにしか思ってなかった。  相手の都合とか無関係にベッタリくっついてジャレてくるたっきが例外なのかとばかり。  みっちゃんが言うように耀ちゃんか我慢の限界になって襲うって言うかそういう流れになったら俺は断れないだろうから、流されやすい俺の事もしっかり理解した上でそれなら自分がって律してくれていたんだとしたら、俺がたまにくっついて眠ってしまったりしていたのは拷問だったのでは?って気が付いて顔が青くなってくる。  無神経というか、なんで未だに好かれているのか謎レベルの鈍感さというか、最早この鈍さは罪なのでは? 「……可愛くなんかないわ」  過去の自分の諸々の失態(おもいださなくていいもの)を律儀に再生する脳みそに思わずため息を吐く。こんな時だけフル回転せんでええわ……。  俺は家族の中では小柄だし、耀ちゃんの目には恐らく可愛らしく映っているんだろうなぁとは思うんだ。  さっきも思い浮かべたけど、うちは美形家族だ。  これは間違いなくただの事実。学校の友達や会社の人達と比べてしまうのも申し訳ないけど、これくらい華のある人達には普通に暮らしていたら中々お目にかかれないと思うんだ。それが揃いも揃って六人も居る。  前に何かの撮影をしてる芸能人を学校帰りに見た事があったんだけど、カメラに向かって笑う芸能人よりも俺の隣りで興味なさげにあくびをした耀ちゃんや興味無いけど渋々付き合ってる感満載のたっきの方がずっと人目を引いていた。少なくとも周りの女の子達はカメラを向けられている彼じゃなくて、超自然体で物珍しさに撮影を見たがった俺に付き合ってくれてる耀ちゃんとたっきをチラチラ見ながら小声で盛り上がってたもん。  何度も言うけど、直接血の繋がった親兄弟な訳じゃないから……厳密に言えばゆきちんと耀ちゃんは従兄弟でゆきちんとたっきは遠縁か。でも、誰一人として顔はもちろん雰囲気すら似ていないしバリエーションは豊かだと思う。  存在感はあるのに決して主張しない黒薔薇に、まん丸お月様の下で鮮やかな紫色の花を咲かせる桔梗、しんっと降る雪に映える真っ赤な椿に人を元気にさせる大輪のガーベラ。それに柔らかな香りで本人の意志とは関係なく人を惹きつけるフリージアと沼地でも真っ直ぐに凛と咲く杜若が加わって、その傍らで小さなネモフィラが平和そうにぽわぽわっと風に揺れている。  全部俺の勝手なイメージだけど、それくらい皆から受けるイメージが違うって事。  これだけ受け取る感覚が違ってれば、耀ちゃんが地味で小さな花を好きになったとしてもおかしくはない。 「見た目の話と違うぞ」 「え?見た目やなかったん?」 「違うわ!」  ぼそっと呟いた耀ちゃんの言葉にばっ!と顔を向けてたっきが目を見開く。それに素晴らしい早さで反応した耀ちゃんは即座に全力で否定した。  そっか~……  やっぱ見た目は子ゴリラかぁ~……。  いつだったか、そんな感じの話をした事あったなぁ。誰がどんな動物に似てるかみたいな、しょーもないやつ。  口をぽか~んってアホっぽく開けたたっきが俺の隣りでまだゆきちんに抱えられてる耀ちゃんを見上げる。 「見た目と違うん?翔平ちっこいしそうなんかなーって」 「はぁ?龍お前何言ってんねん。いくら俺等が可愛え言うてても世間じゃ翔平は見た目も中身も男前の括りやんか」 「そらまぁ男前やけど、それと同じくらいのーみそお花畑でぽえぽえしとるやん。耀ちゃんそこのギャップが堪らんと違うん?耀ちゃんの部屋にあったの全部金髪巨乳のオネーチャンだったから、あー正反対へ舵を切ったんやなって思ってたわ。あ!そっか甲高い声が好きなんか!!」 「違うわボケェ!あと何で俺の居らん時に部屋漁っとんねん!!」 「えー?俺の趣味と違うタイプのやつ貸してもらおーかなーって。そのままの状態で戻してときゃバレへんかなって思ってたけどやっぱりバレへんかったやーん。でもなぁ金髪はまぁええとしておっぱい好きやん。耀ちゃんておっぱいが大きけりゃ大きい女ほどええんか?って不思議んなるくら……」 「たつぁぁああああ!!!!!」 「耳キーンってなるから怒鳴らんといて。ふわふわ天然系とかゆるふわ癒し系とかそういう翔平っぽいのあるかな~?って思って探したけどそっち系無かったし、お姉ちゃんとか幼なじみとかのも無いしぃ?あ、でも髪の毛はロングよかショートボブの子の方が好きやんな?」 「片っ端から全部見とるやないか!!!」 「そりゃ見るやろー?あるの分かっとるんやから。友達から回ってきたんか知らんけど、ご丁寧に隠してあるとこの端から順にコンプリートしてったわ!なんならどれが耀ちゃんのお気に入りかも当てられると思うで!分かりやすいよなぁ」  うわぁ、なんかガッツポーズしそうなくらいイイ顔してるわぁ。 「ドヤ顔に充実感滲ませてアホぬかすな!!!」  アホな兄弟喧嘩にだんだん居た堪れなくなってきた俺はソファに座りながらキュって股を閉じた。  俺には今話題のおっぱいはありませーん。ついでに言うなら金髪では無いけど明るい色を入れる為にブリーチして、一時的にエセ金髪だった時期はある。そのせいで髪がパッサパサになって後ろ姿だと外はねボブの女の子みたいだった髪型を耀ちゃんがお気に入りだったのは知ってるし、なんならまたやらないのかって遠回しにねだられたりもした。  専門学校がそういうのに寛容だったから出来たけど、今は社会人として逸脱しない程度のマロンベージュに染めた髪のアシンメトリーな前下がりのショートヘアだ。金髪のオネーチャンとは程遠いなぁ。  金髪ボブの俺を耀ちゃんが気に入ってたのは家族みんな知ってるけど、それをこのタイミングで蒸し返されるとどうしてもさっき聞いた性的な好み(そっち)方向で連想しちゃうんですけどぉ……。  千春君もアホな二人の会話にうわ~……ってさっきの真剣な顔を崩してやり取りを見つめてる。  今そういう流れだったか?って(こめかみ)に指を添えてゆるゆると首を横に振った。
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