アカシア

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 快活なみっちゃんにしてはかなり珍しい苦りきった顔でハキハキと現状説明を再開させた。 「事が事だから警察には届け出してあるんやけどな。知っとるやろうけど、警察も現行犯か完璧な犯罪行為に対してしか動けへんねん。民事不介入が変な形にストッパーになってな、今んとこ出来て住居不法侵入が精々ってとこやな。迷惑防止条例で何とかしようにも対象は翔平やろ?女の子がストーキングされとっても警察が動けなくて後手に回るのもザラや。対象が男となったら警察的にもこんだけ盗聴器やカメラがわんさか出ててきとるからしょっぴきたいのは山々やろうけど、なんの罪でしょっぴくかって感じでなぁ」  確か、同じ罪で二回裁く事って出来ないんだよね?  あんまり歓迎したい事じゃないけど、今ストーカーをみっちゃんが言った不法侵入で捕まえる事が出来たとして、罪は多分あんまり重くならないんじゃないかと思う。あくまで素人考えだけど。それに実刑がついたとしても出所までそんなに年数が掛かるとも思えないし、出てきた時に逆恨みでより悪い事態を招く恐れだってある。 「そんなん言うても今回みたいにいきなり行動に移されたらこっちはもうどうしようもないわけや」  今日のアレはみっちゃん達からしても不測の事態だっらしい。  皆が家に居たのは明日この話を俺にする為に今夜の内に帰ってきていただけで、たまたま耀ちゃんが運良く俺の後をつけてくれていたから今回の襲撃(?)を未然に防げたけど、そうじゃなかったら俺はあの時無事に家に辿り着けていたかどうかも怪しい。  本当は姿を現したかった耀ちゃんは俺の安全を第一に考えてそれを耐えて家に連絡を入れた。報告を受けたゆきちんは耀ちゃんにはストーカーに見つからないように注意しながら家に戻るように言いつけて、家族の中でも身軽で気配を消すのが巧い千春君に色々と準備を整えた上で俺を回収するようにって指示を出したらしい。自身は警察の知り合いの人と何かを話して一定時間俺達が帰宅しなかったら法的手段を直ぐに取れるようにしていたらしい。  それにしても、たまたま運良く後をつけてたってなんか変な単語だね。 「俺等も流石に翔平の会社まではついていけないしな。そんな事したら別の意味で目立つ」  みっちゃんとゆきちんが心底参りましたって顔をして両手を顔の横に上げる。  この人達にお手上げをさせるだなんて、ストーカーの人は中々だ。  見れば千春君とたっきも渋い顔をしているし、秀ちゃんも困ったなぁって苦笑いを浮かべてる。 「で、暫く俺等はこの家に戻る事にした」 「え?千春君達戻ってきてくれるの?」 「相手が未知数だからな。頭数は取り敢えず居て困る事は無い」  みっちゃんが腰に手を当ててため息を吐いた。本当に困った事態のはずなのに、また皆と一緒に暮らせるって事が嬉しくてうっかり声が弾んでしまった俺に気がついたんだ。  なんか申し訳なくて俯くと、ラグに胡座をかいた耀ちゃんと目が合った。 「時間空けられる時は俺が迎え行くから」 「せやなぁ。年齢的にも俺等が動くと目立つし、耀とたつに動いてもらうんが一番スマートかもなぁ」 「……俺と秀は家に詰めるしかないな」 「そうだね。俺とけいちんは仕事の就業時間がきっちり決まっちゃってるし、みっちゃん一人に家の護りを任せっきりっていうのも出来ないしねぇ」  やばい。  事は俺が思うよりも深刻なのかもしれない。  あのゆきちんが唇を親指で弄りながらイライラとため息を吐くのを見て、本当に困った事になってしまったんだと身を小さくした。 「まぁなんとかなるやろ」  みっちゃんが明るく言ってこの場はお開きになった。  各々が部屋に引き上げるのを眺めながら俺は深いため息を吐いた。  暫くの間、会社にお迎えが来る。社会人の男として如何なものかと思う。思うけど、俺に万が一があればきっと家族は悲しむ。  だから仕方がない。 「翔平ももう風呂入ってこい。色々あって疲れたやろ」 「あ、うん」  声を掛けられて我に返って顔を上げる。  声のした方を見れば、みっちゃんはキッチンで何かをしている。最近はそんなに料理に時間を割かなくて良くなったから、みっちゃんがこんな時間までキッチンにいるのは珍しい。  もしかしたら明日の朝御飯を仕込んでいるのかもしれない。人数が増えた分、手間もきっと増えたはずだから。 「ん?どうした?」  じっと見つめてしまったら、みっちゃんはニカッと人の良い笑顔を浮かべて声を掛けてくれる。  俺のせいで絶対に迷惑がかかったはずなのに、皆一言もそんな事を言わなかったし、そんな空気すら感じさせなかった。  俺の家族は皆とても優しい。 「さっき話だけど、状況はそんなに深刻?」 「せやなぁ……。たつには見せてないけど、お前は当事者やからな。コレ見てみぃ」  即断即実行を旨としているみっちゃんにしては歯切れ悪く、手帳を取り出して中から一枚ひらっと写真を取り出して渡してくれた。  写真て言うか、画像データを光沢のある紙にプリントアウトしたものらしい。 「散々見せるか迷ったけどなぁ、深刻かどうかって聞かれたらそれ見て判断した方がええかと思うわ」 「え……っ!?」  そこに写っているのは俺に覆い被さってキスをしている耀ちゃん。  あの夜の光景だ。  写真として見ると、キスをしているというよりは今にも事に及びそうな熱烈なラブシーンにしか見えない。これが普通の写真だったならだけど。  写真の耀ちゃんの体は真っ黒いマジックでぐちゃぐちゃぐちゃって塗り潰されている。耀ちゃんが邪魔で仕方がない、若しくは悪意の塊をぶつけたようなそれはそれは乱暴な消し方だった。  しかも地面から近いアングルで撮られたそれは俺の顔をしっかり捉えていて、その顔が自分で見た事のあるどの自分の表情とも違っていて顔に熱が集まってカッカする。  俺はキスをする時にあんな顔をするの?  驚いて固まっていたつもりだったけど、第三者の目線で見ればこれはとてもじゃないけどそんな風には受け取れない。  恥ずかしいけど。  こんなの認めたくないけど。  なんか、気持ち良さそうだなって……。  みっちゃんがこの写真を持ってるって事は、少なくともゆきちんはこの写真を見たって事だよね。  もしかしてだけど、千春君や秀ちゃんも?  こんなん、見られたら……。 「な、なんなん!?なんでこんなんがあるん!?」 「コレが決め手で家ん中全部調べさせたからな。盗聴器やら隠しカメラやらがごっそり……っていうのも」 「ミツ」  色んな意味でショックを受けた。  先を聞きたい気もしたけど、それ以上の何かを聞くのが怖くなってきて写真を持つ手が震え出す。それとほぼ同時にゆきちんの声がして、みっちゃんはぴたりと口を()ぐんだ。 「翔平」 「あ、はい」  差し出された手のひらに俺にショックを与えた写真を乗せた。  ゆきちんはそれを受け取るとジッと俺を見つめる。  自室に引っ込んだとばかり思っていたけど、もしかしたらみっちゃんと作戦会議する予定だったのかな?  だとしたら俺は席を外した方がいい。 「俺、お風呂入ってくるなぁ」 「翔平」  部屋を出ようとしたら声を掛けられた。  内心ドキッてしたけれど、敢えて明るく笑って振り向いておく。  やっぱり真剣な目をしたゆきちんがこっちを静かに見つめていた。
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