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「こっちから仕掛けるんやったら翔平を囮にすんのが一番手っ取り早いやん」
俺には夜遅くにコンビニに行く癖がある。
それはみっちゃんのご飯に満足していないとか、直ぐに欲しいものがあるとかじゃなくて、なんとなくとしか言えない。
家のある住宅街には近くにコンビニが無くて、駅前まで行く事になる。その道中の夜の雰囲気が好きなのが理由になると言えばなるのかもしれない。深夜独特の空気感とか、四季折々に香る植物の匂いとか、そんなものが好きなんだ。
高校生の頃は千春君か秀ちゃんが一緒に来てくれていたんだけど、二人とも仕事もあるし付き合わせるのも悪いからっていつの頃かに辞退したんだ。二人とも近所だし、遅くならないなら良いかとその申し出を受けてくれた。男子高校生に過保護にするのもそろそろ控えるかって思ってくれたんだとは思うけど、その位の時間にゆきちんが帰ってくる事が多かったからかもしれない。駅近くに契約してる駐車場に車を停めて、コンビニに俺がいないか覗いてくれてた。
その後は一人か、耀ちゃんやたっきの気が向けば一緒にコンビニへ行ったり。今は一人が多いけど、たっきがついてくる事もある。
この時間帯のコンビニの店員さん達とも顔見知りになってて、アイスとか中華まんとかを買いつつ軽い会話をして家に帰って来るから往復で大体三十分ってところかな?
たっきはこの〝夜の散歩〟をストーカーが知らないはずがないって言う。
「昨日翔平を追いかけたの、アレ捕まえる為やろ?いっぺん襲って満足するよな感じ違うもん」
うっわぁ………すぅっごく嫌だ。嫌だけど、そうなんだろうなぁ。じゃなきゃ追いかけてきてどうするの?って話になるもんね。
捕まえるっていったって、昨日はお酒も飲んでないし力ずくでどうこうってところだったのかな。だからゆきちんは耀ちゃんに家に居ろって指示を出して、形勢不利となったら迷わずに逃げを打てる千春君を俺の所へ行かせたのかもしれない。
耀ちゃんは俺に何かあったら多分手が出る。前回もそうだった。だから取っ組み合いにでもなって、もし相手にそうと分かるケガをさせてしまったら、前回を踏まえた行動をとるであろうストーカーの手によって直ぐに芸能ニュースに載せられてしまうだろう。
「そんじゃなきゃもっと早い段階で襲われてたか殺されてたわ」
あぁぁぁぁ……。
考えないようにしてたのに……たっきは本当に容赦しない。
そういう事件の多さは俺だって知ってる。自分の思い通りにならないならいっその事、相手を殺して自分も死ぬ的な犯罪は無くなったらいいのに無くなるどころか定期的にニュースに上がる。
俺が男だから初手が遅れたと言われた時にはピンと来なかったけど、耀ちゃんは最初からこれを警戒して俺の後をつけていたのかもしれない。
男同士だからこそ、その想いは実らない可能性が高い。
実際に俺は片想いをしてもそれを口にする事は絶対に無かったし、相手にバレないようにその感情をひた隠しにした。隠しに隠して、恋は叶わないものと諦めた。
でも皆が皆諦めるかって考えたら、そうじゃないなって。男女間ですらストーカー被害が多いのなら、同性の恋愛成立率を考えたら最初から実らないならいっそってなってもおかしくないと思う。
「殺させてたまるか」
「まぁ……んぐっ!?」
ボソッと呟いた耀ちゃんの声に反応して口を開いたたっきの口を秀ちゃんがナイスセーブでグッと抑えた。
多分、自分もあとをつけてたから分かるとかそういう感じでいじろうとしたな……。
「うわっ!?」
秀ちゃんが驚いた声を上げてたっきの口を覆ってた手をパッと話した。
「脱線させへんから離して」
「うん。でも舐めないで……」
舐めたの?
あんまり口を抑えられて中から舐めたりしないと思うんだけど。
秀ちゃんが苦笑いで手をひらひら振ってたっきの唾液を乾かしてる。今は手を洗いに行くとかそういう雰囲気じゃないしね。
ふぅって息を吐いたたっきのペラペラ劇場が再開された。
「急に行動に移してきたのは盗聴器が見つかったのはモチロン、何より耀ちゃんの存在が煩わしくなってきたからやな」
たっき曰く、ストーカーが俺の家族に恋人候補がいるって思い込むなら、それはたっきだったはずなんだって。最初は俺とたっきがそういう仲なんじゃないかって疑って、たっきがどういう人間なのかを観察してたと思うって。
そういえば、たっきは誰かに監視されてるっていうか、好奇の視線に近い不愉快な感覚がするって言ってた。それでピリピリ気が立っていたわけなんだけど、春になって就職もしたし環境も変わったから落ち着いたのかと思ってた。
「俺への疑いが晴れたのは耀ちゃんが翔平を押し倒したからや」
耀ちゃんがふんって軽く鼻から息を吐いた。そんなの想定済みだって風に。
昨日もそんな事を言ってたよね。わざとやったみたいな事を言ってた気がする。もしかしたら耀ちゃんはたっきのストレスに気が付いて、俺があんな事にならなくてもなんだかんだと理由を付けてストーカーに勘違いさせるような事をしてたっきから自分へ照準を移そうとしてたんじゃないかな。
俺はそんな事怖くてとても出来ないけど、耀ちゃんならやりかねない。
「俺が標的になるかもって思って身代わりになろうとしたやろ?俺は法律関係の仕事やし、親の事吹聴されたら……って。だからこそ俺も違和感の正体に気ぃ付いたんやけど」
「あん?」
「あの視線が離れてあー気のせいやったか!なんてなんないもん」
たっきはたっきで気が付いてたらしい。
何が起きてるかは分からなくても、耀ちゃんの行動から何かを察した。若しくはみっちゃんが俺に護身術を習えとか言ったからかもしれない。
俺は身が竦んで動かなくなるけど、耀ちゃんは耀ちゃんの大事なモノを護る為なら躊躇わずに動ける。
それを知ってるたっきは、耀ちゃんが何かを護る為にらしくない行動をとったから今なにかイレギュラーが起きてるって気が付いたんだと思う。
「自分に標的移して、その隙に目当てが俺か翔平か確定さして、今度は翔平に付き纏ってる可能性のあるヤツ片っ端から調べて回ってたやろ。耀ちゃん何かに真剣になると視野狭くなるもんな。真剣になり過ぎてて俺に尾行られとるの全く気ぃつかへんかったし?ま、視野狭くなってる上に家族の気配は敵と違うから耀ちゃんじゃ俺の尾行なんか判らへんもんな」
「たっき、耀ちゃんのこと尾行てたの!?」
「入社直後からそんな毎日残業させるよなブラックに圭君が入れさせるわけないやん」
……絶句。
耀ちゃんも渋い顔をしてたっきを見つめてる。
「二重尾行なんまぁ思いつかへんよなぁ」
あっはっはっ!て薄っぺらく笑うたっきに頭が痛む気がした
本当になんなの、この子……。
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