オンリー ロンリー グローリー

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 すり……って甘えるみたいに鼻先が俺の首筋に触れて、体が勝手にびくんっ!て揺れた。  急に揺れた俺に驚いたらしい耀ちゃんが顔を上げる。 「翔ちゃん?」  耳元で掠れた耀ちゃんの声がして、背中を得体の知れないゾワゾワが走り回る。襲われた時に感じた不快極まりないゾワゾワとは全然違くてなんかこうむず痒いみたいな変なゾワゾワ。  その感覚に堪えきれなくて自然と太腿(ふともも)にきゅうぅぅって力が入って、俺は身を丸めて耀ちゃんにしがみつく姿勢になった。  俺にきゅって抱きつかれた耀ちゃんはちょっと驚いたみたいだったけど、今度は俺が耀ちゃんの肩におでこを押し付けてるから顔が見えないらしい。 「たっきが余計なこと言うから……」  つい口から零れた言葉に耀ちゃんが反応した。 「ほんまに翔ちゃんは龍の話題(こと)多いな」  しまった!って肩から顔を上げたら少し下にある垂れ目は三日月みたいに細められてた。  俺はあの子が家に来てからから当たり前にずっと一緒に居るから、生活の大部分をあの子に侵略されている。無意識に友達とか会社の人と話す時に登場させてしまっているらしい。  らしいっていうのは、俺に自覚が無いから。  会社の人達にはたっきっていう変わった名前の弟が居るって認識されてる。 「で、龍が何言ぅた?」  うぅ……さっきのやりとりが俺の頭の中に残ってて変な感じに恥ずかしくさせてるんだけど、それを耀ちゃん本人に言うのって勇気要らない?  別にそういう事をしに来たわけじゃなかったのに実際はこうしてぺったりくっついてるわけだし。 「ん?」  困って俯く俺の顔を至近距離から覗き込んで、先を促してくるブラウンアッシュの瞳の虹彩が飲み込まれそうなくらい綺麗。  思わず身を離しかけて、この話題で変に距離をとるのは良くないなって思い直して耀ちゃんの首に手を回して無意識にでも自分から身を離せないようにした。  さっきから顔の温度が下がらない。  家族とはいってもそんなに顔を真っ直ぐじっと見つめる事なんて普通に暮らしていたら中々無いと思うんだよね。  見るにしたってそこそこの距離からだし。  目の前十センチくらいで見つめ合うとか、そんなの……ねぇ? 「二階上がる時に、耀ちゃんのとこ行くのかって聞かれて」  ゆっくした瞬きで俺の言葉に応えてくれる。 「で、そうだけどって言ったら上行くの止めとくって」 「はぁ?」  そうだよね?普通はなんでそれで二階(うえ)に上がるのを止めるのかわからないよね?  うんうん。耀ちゃんも俺と同じみたいで安心した。  俺はこの後で昨夜のやり取りを思い出しちゃったわけなんだけど、耀ちゃんはそれは思い浮かばないらしい。 「そしたら……その……えーっと……」  顔から火を噴くんじゃないだろうか。  いざ口にしようとしたら言葉が口の中でもぐもぐ言って全然出てこない。  そんな口の端をムズムズさせてる俺の表情(かお)でどんなイジりをされたのかピン!ときたらしい耀ちゃんの視線が宙を泳ぐ。 「言わなくてええわ。なんかわかったから」 「ゴム持ってるかあたりでみっちゃんにチョップもらってた」 「アホやな」  口元が呆れに歪んでる。  やっぱり察しが良い。  俺は恋愛を疾っくの疾うに諦めていたから、そういう物があるっての存在を知っている程度。学校の性教育の授業でやった気もするけど馴染みは薄い。 「俺、あんま見た事ないから……」  この歳でそれもどうなの?って思われちゃうかな?でもあれ、一個入りじゃ無さそうだし。買ったら買ったで始末に困りそうだし。必要に迫られていないのに買う事もないかなぁって。  余計なことを口走ったばっかりに耀ちゃんの膝の間で顔をカッカと赤く染めながらもじもじするはめになった。  たっき後で覚えてろよ……。  恋愛を諦めるって言うのは、本当に、本当にそういう事で。  微かな期待でもしようものなら後で落ち込んで辛いのは自分だし、こういう知識はもちろん男同士で付き合ってどうするのかっていうのも調べようともしなかったから知らない。  俺のなけなしの知識でも男同士でもセックスは出来るっていうのは知ってるから、やろうと思いさえすれば出来るのも解ってる。解ってても、具体的にどうっていうのは解らない。  そういう人達の集まるお店に行ってみればお店の人とかお客さんが先輩として色々教えてくるような気はしたけど、他人と深く関わる事が怖い俺は試せていないままだ。  行動力が伴わないって言うよりも、この家にいる限りは家族が俺を認めてくれるから他の誰かで承認欲求を満たす必要も無いし、わざわざ他人と係わって煩わしい思いをするのを避けた結果とも言える。  真っ赤になったまま黙っちゃった俺をどう思ったのかわからないけど、耀ちゃんがじぃいい……って見つめてくる。 「見たいんなら、ほれ」  耀ちゃんはおしりのポケットから財布を取り出して中からセーフティセックスで大活躍するアレを取り出して俺に手渡してくれた。  なんでそんなとこに持ってるの?ってじっ……って見つめたらちょっと困った顔をしてみせた。 「(たしな)みとして持っとけって昔言われて入れとるけど、使わんから劣化してく一方やな。適当なところで買い直してる」 「これ劣化するの?」 「ゴムやからな。直ぐやなくても劣化はするやろ」  うむむむむ……そうか、そういうものなのか………。  両手の指先でそれを抓み上げて目の前でじっと見つめてしまう。  これもタバコみたいに色んな銘柄があるんだろうか……? 「そんな真剣に見るもんと違うで」  耀ちゃんは本気で心の底から呆れたように俺を見つめてる。 「この場合悪いんは龍やんな?」 「悪いっていうか……悪いな」 「あいつにパートナー出来た時にやり返したろ」  腕まくりして一階へ突撃するかと思ったらそれはしないらしい。  まだしげしげと眺めてる俺の手からソレをすっと取り上げてまた財布にしまってしまった。 「昨日の今日で家で手ぇ出せるほど俺もメンタル強くないわ」  だよねぇ……。  耀ちゃんはそういうのは凄く考えて、綿密な計画を練って、二人きりでってタイプだと思うもん。  昨日の夜のはアレ完璧にイレギュラーだっただろうし、たっきにしてやられた感が否めない。  みっちゃんはあそこまでやる気も無かっただろうにたっきは情け容赦って単語を知らないか、知っててもナニソレ美味シイノ?って感じだからなぁ。  財布をしまう為に少し離れていた体を器用に抱き直してまたぴったりと抱き合うように戻された。  重くないかな……とか、耀ちゃんなんかいい匂いするな、とか。そんなことばっかり考えてたらなんとなく落ち着いてきて。  時計がカチコチ言う音と、外を車とかバイクが通る音だけしかきこえなくなった。
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