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急にトントンッて軽いノックの音がして、二人してビクッてしてからどちらからともなくそそそそ……って身を離した。
具体的にはベッドによりかかって拳二個分離れた距離で二人して座ってるような、そんな感じ。
「耀ちゃん居る?」
「おん」
「開けていい?」
立ち上がった耀ちゃんが自分からドアを開けに行く。
因みに今の声は秀ちゃん。みっちゃんやたっきだったらノックと同時にドアが開いてる。
「おかえり。どうしたん?」
「ただいま。あと一時間くらいで夕飯にしようかって充君が言っているから、お風呂良かったら使って」
「お前は?」
「俺はもう龍紀と済ませちゃったから。千春君は寝てるし、けいちんは仕事の区切りが悪いんだって」
秀ちゃんの優しさはいつも徹底されてるなぁって思う。耀ちゃんに遠慮をさせない為に当たり障りなく順番を決めて確認して回ってくれたらしい。
ついでにいうなら俺がここに居るのも、たっきに聞いたのか察したのかは分からないけど口にしないだけで知ってはいるんだと思う。
「俺はリビングで龍紀とゲームやるから」
「あぁ、ありがとな」
秀ちゃんの足音が少しずつ離れていって、たん……たん……って一定のリズムを刻んで階段を降りていった。
ドアが少しでも空いてると廊下や階段の足音はよく聞こえる。
「風呂て……」
時計を見上げた耀ちゃんにつられて俺も時計を見上げると、二人に見つめられた壁時計が心做しか気まずそうにカチコチと秒針を進めていく。
時計は俺が耀ちゃんの部屋に来てから優に五時間を超えている事を告げていた。
五時間……学校だったら丸一日分だなぁ……。
隣で耀ちゃんもぽかーんと時計を見上げてる。
我に返ってよくよく見てみれば部屋は薄暗くなってるし、外はもう夕焼けすら終わってうっすらと群青の幕が降りて夜の気配が強くなってる。
「うそやん……」
耀ちゃんがぽつりと零した言葉に俺も頷くしかない。
決して寝ていたりはしなかった。
ただ、二人して抱き合ってただけ。
ちょっと気まずいなって思いながら耀ちゃんを見上げたら、少し息を吐いて気を落ち着けたらしくてそのまま電気をつけて部屋のシャッターを下ろしに行った。
ガシャガシャと音を立ててシャッターが下りると、部屋はすっかり夜の装いになる。
俺も自分の部屋のシャッターを閉めないと。
春とはいっても夜はさすがに冷えるし、まだ夕方だけど開けっ放しは折角お昼の陽気で暖まった部屋が冷めちゃう。
「で、風呂どうする?」
「一緒に入るってことぉ?」
耀ちゃんがぐ……っ!て何かを口に突っ込まれたみたいな変な呻き声を上げてから、顔を片手で庇ってそっぽ向いて視線を差迷わせる。
座ってる俺からじゃ耀ちゃんの顔が見えなくてちょっと身を乗り出したら顔を抑えていない方の手をパタパタ左右に振って見せた。
ようやく収まってた顔の火照りが復活した耀ちゃんがボソッて「風呂に盗聴器ある」って言って、あぁそう言えばそうだったねって頷いた。
お風呂場の盗聴器ってやっぱり脱衣所かな?鼻歌とかそういうのを聴かれてるって思うと気分が良くないなぁ。……今日もやったのかな……お風呂のなんちゃらギャグ合戦……。
「翔ちゃん風呂長いやん。最後のがゆっくり入れるやろ。俺から改めて千春君に風呂入るか聞いて、けー君にも一応声かけとく」
熟睡してる千春君は運良く起きても軽いシャワーだけかもしれないけど、今くらいの時間に声をかけないと夕食抜きで最悪朝まで起きないコースかもしれないしね。
なんて考えてた俺を指の隙間から耀ちゃんがチラチラ見てくる。
「うん?」
「一緒に入るとか俺……無理や……から……」
「え……あ……」
軽くたっきと同じように考えちゃった。
ダメだダメ!
素っ裸の耀ちゃんと二人きりって、それはダメだ。
「はぁ?あんな時間あったのに何の進展も無し?うそやん!?そらなーんの音もせえへんなって思ってたけどさぁ。いつまで経っても風呂使いに来ないし。せぇっっかく気ぃ利かして早めに沸かしといたのに、耀ちゃんヘタレ過ぎへん?」
……───パコンッ!!!
以上、夕飯時のたっきのしょーもないお言葉と耀ちゃんのツッコミでした。
「痛い!!」
「人のそういうとこは……」
「考えとるで!耀ちゃんゲーノージンやんか。翔平とホテルなんか行ったらすっぱ抜かれてエライ事んなるやん。ヤるなら家しかないやん」
耀ちゃんの手が血管が浮あがるほどグッと拳を握る。一緒に握られてるお箸が折れちゃわないか心配。
「あ、でも風呂場に盗聴器あるから無言で入る羽目んなるな!」
また耀ちゃんの手に力が篭もる。
大人組がどうしようも無いものを見る目でたっきを眺めてる中、秀ちゃんだけは幸せそうにはぐはぐとごま塩を振ったお赤飯を咀嚼してて、隣の殺伐とした空気と物凄い温度差を醸し出している。
「お前……それ飯時にする話題と違……」
「あ!旅行や!なぁ圭君、家族旅行行こうや!!俺の就職祝いとストーカー撃退記念で二泊三日の温泉旅行!!!そうでもしないとこの二人絶対プラトニックな関係で死ぬまでいくわ」
急に流れ弾を喰らったゆきちんがビックンッ!て体を揺らした。
完全に他人事だと思ってたゆきちんは、不意打ちの流れ弾に動揺して飲んでた菜の花のお味噌汁が変なところに入ったみたいでそりゃあ盛大に噎せまくる。
「ぅ……ごほっ……ごっ……ごほっ……」
可哀想……。
涙目になって噎せるゆきちんの手から耀ちゃんがお椀を取り上げて千春君が背中をダシダシ叩くように撫でる。
「そうと決まったらまずはストーカーぶっ飛ばさんとな!」
まだゆきちん何にも言ってないし、なんなら酷い目に遭ってる最中だからね?
「たっき!」
「あにー?」
「ゆきちんにごめんなさいは?」
やっと落ち着いてきたらしいゆきちんはみっちゃんからほうじ茶を貰ってゆっくり流し込んでるけど、まだ眦に涙の玉があるから本当に変な所へお味噌汁が入っちゃったみたい。
そんな驚くと思わなくてごめんなぁっていう、謝ってるのかどうか怪しいたっきの言葉にやっと落ち着いたゆきちんが頷いた。
ゆきちんは息子の豪放磊落な性格は十全に承知しているみたいで、たっきがちょっと他所でやったらマズいんじゃないかなぁって言動や行動をとっても気にする素振りもみせない。寧ろ、この家に来た時の様子を知っているから伸び伸びと過ごしているなら良しとしている節すらある。
「旅行は確約できないけど、すぐそこのネズミのテーマパークくらいなら何とか……」
「貸切出来んの!?」
「そら無理。全員での旅行が希望なんだろ?」
「おん!」
「じゃあ近場でしか都合つけられないだろ」
たっきって何か怖いものってあるんだろうか……?
たまに心底不思議に思う。
珍しくみっちゃんからのダメ出しもツッコミも入らなくて、ストーカーの件を無事に解決出来たら家族で泊まりでテーマパークへ行く話が纏まってしまった。
テーマパークなんて行った事が無いからイメージがわかない。
修学旅行とかは京都とか定番のコースだったし。
「東京のテーマパークはじめてだぁ」
俺がそう零してしまったから、皆たっきにダメを出せなくなってしまったのかもしれないけど。
特に耀ちゃんがえ?初めて?って凄い顔をしてこっちを見てたから、未経験なの珍しいのかなってちょっと恥ずかしくなってへらって笑ってしまう。
「初めてやったんか……」
「うん。大阪のなら何回かあるとは思うけど、小さな頃だししっかり覚えてないなぁ。テーマパーク行くまでの電車のが覚えてるくらい。うちはそういうとこよりキャンプとかのが多かったから家族旅行っていうとアウトドアな感じ。東京来てからも修学旅行は京都とか沖縄とかだったし、家族忙しいから全員揃って出掛けた事ないなぁって」
「言ってくれたら龍でも引っ張って一緒に行ったのに……」
なんでか耀ちゃんはとっても残念そうな顔をして食事を再開させた。
隣で黙ってカツカツご飯を掻っ込んでた千春君が俺をチラって見てから頷いた。千春君がテーマパークへ行くっていうのがそもそも想像つかないね。
ジェットコースターに乗ってる千春君かぁ……。
無理やり想像してみても、なんか腕を組んで最前列で男前にまっすぐ前を向いてシャーッて風を切ってそうな姿しかイメージ出来ないや。
「俺もあんまり記憶にないなぁ」
「秀ちゃんもなん?」
「子供の時にならあるのかもしれないけど、大人になってからは記憶に無いなぁ」
秀ちゃんは食い気味のたっきにちょっと恥ずかしそうにはにかんで見せてカシカシと髪を掻いた。
ゆきちんがこっくんて頷いて、みっちゃんもそういやないなぁって呟く。
「えー?耀ちゃんは?」
「そこのネズミと関西のご当地遊園地とユニバーサルなやつそれぞれ一回づつ」
「うっそぉ~?」
たっきは本当に普通に普通の日常を生きてた子なんだね。
もし、あの事件で日常が壊れなかったら。
たっきは普通に家族と旅行を楽しんでいられて、普通に彼女と付き合って、友達と一緒に卒業旅行なんかにも行っちゃう子だったんだ。
そう思ったら鳩尾のあたりがきゅっと傷んだ気がした。
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