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シリウス
月曜になって出勤した俺は、思い切って先輩に金曜の夜の話を聞いてみる事にした。
家に居る時には思い出しもしなかったんだけど、出勤してきた先輩の顔を見てハッ!と気が付いたんだ。あの夜、先輩はいつも見かける人が居るってバルで言ってた。しかもその人の事をきちんと認識しているような口振りで、ストーカーだったら嫌だなって。
思い出した事をグループチャットへ書き込んでちょっと待ったらみっちゃんから『翔平が信用してええと思ってる相手なら話してみ』って返事があって、取り敢えず今日のランチを一緒に出来るか確認しに行ってみた。
先輩はランチを快諾してくれて、それからスッと真顔になって小声で「もしかして帰りになんかあった?」って聞いてきた。
やっぱり何か知ってるんだ……。
「えーっと……」
本当は今すぐにでも話をして楽になりたいけど、職場じゃ人の目も多いしあんまり込み入った話は無理そう。
言葉に詰った俺に気が付いて瞬時に人の良さそうな笑顔を貼り付けた先輩が殊更明るくフォローしてくれる。
「あ、急がない感じ?じゃあここ人も多いし昼メシん時に聞くんで平気?」
「うん。ありがとうございます」
「いーよいーよ」
本当に良い人が服着て歩いてるみたい。
俺の気まずそうな感じに今度は心からにこやかに笑って頷いてくれて、早めの時間にランチを設定してくれた。
詳細を言わなくても察してくれるって事は、先輩があの夜に口にしたストーカーって単語は自分に向けてじゃなくて、その可能性に俺を含めていたのかもしれないと今更ながら気が付いた。わざわざストーカーって単語を男同士の夕飯の話題に上げるのってあんまりないよね。
午前の仕事は時計を見つめながらそわそわと落ち着かずに何とかこなす有様だった。
ランチは先輩がよく行くお寿司屋さんになった。
初めて来たお店だけど、カウンターの他には座敷が数席しかなくって、簡単な衝立でそれぞれが仕切られるから他の客の姿は確認し難い。
夜はお高いお店らしいけど、ランチは夜と同じクオリティのお寿司が近所のランチと同価格帯で提供されていて、その日の仕入れ具合でランチの数が決まって、その数が出てしまったらお昼の営業は終わりってスタイルらしい。だから俺はこのお店がランチタイムに開いてる事を知らなかったんだなぁ。
先輩曰く、いつも常連で埋まってるから常連以外が来れば店の大将が気がつくらしい。だから何でも気兼ねなく話して大丈夫との事で、こういう事をスマートに出来る人になりたいなぁって心底思う。
席は一番奥の座敷席に通された。
前を通る時にチラッと確認したお隣の席は老夫婦のペアが和やかに食事を楽しんでた。カウンターはおじさんが一人でゆったりとお食事中だ。
これならつけられていてもすぐ近くの席へは座れない。
「大将、Aセット二つお願い」
「あいよ!」
お茶はセルフサービスだったみたいで先輩がカウンター向こうの壮年の男性に声を掛けて、カウンターへ身を乗り出して何かを話しかけて談笑してからこっちへ来た。
「今のところ見慣れない客は来てないからさ、話しちゃってよ」
「それ聞いたの?」
「あれ弟の友達なんだよ。だから色々気にしないでいいからさ」
入口の見える方の席に先輩が腰を下ろしたのは意図的にだと思う。恐らく俺が何を話そうとしているのかも先輩にはなんとなく分かってて、見張りをしてくれているんじゃないかな。
おしぼりで手を拭く先輩に、耀ちゃんの職業を考えて俺の事を日常的に付けてるってところは伏せて、金曜の夜にあった事と家族が心配して家に帰って来てる話をした。
それ以外にも俺の家族事情とか、今まで話した事がなかったからちょっと長くなったけど、そこはきちんと話さないと話が伝わらない気がして。
先輩は説明の上手くない俺の話を相槌を打ちながら最後まで黙って聞いてくれた。
俺の話が一通り済んだところで、お寿司とお味噌汁が運ばれてきた。
多分、こちらの様子を伺いながら用意してくれたんだと思う。それはそれは絶妙なタイミングで。
「ま、食べよう。俺からも話しといた方が良い事があるけど折角の寿司が乾くといけないからさ」
「うん」
「勝田も色々大変だったんだなってのは分った。そういう恋愛観もまぁこの業界少なくないしね、そこに関しては別に気にならないから勝田も態度変えなくて良いよ」
「……ありがとう」
そこだけは押さえておかなくちゃねって感じに言って、ぱんっ!て手を合わせていただきますって言ってまぐろへ手を伸ばした。
気持ち悪がられちゃわないかなって思いながら話してたから、先輩の態度が全く変わらなかったのになんでか崩れ落ちそうなくらい安心した。
お寿司は美味しいけど、家族以外で俺の事を知ってくれた人と食べてるからかもっと美味しく感じる気がする。
食後のお茶を飲みながら、先輩がふぅっと息を吐いたからさっきのシリアスな話の続きかな?って身構えた……んだけど。
「よく名前を聞くからたっき君は可愛い且つ生意気な子犬系の弟と思ってたけど、結構イイ性格してんだね」
「そこぉ!?」
「そりゃ勝田が家族の話で話題にするの、たっき君だけだし。イメージ変わるよね」
そんなに変わるものかなぁって思いながら、イメージをしやすくする為に保存してる家族の画像を見せたら、先輩はかなり大袈裟に仰け反った。
そんな?
「千春君てギタリストのCHIHARUじゃないの!この勝田の隣に写ってるのGrimmKatzeのヨウだし、あと残りの若い子がたっき君って事はこの正統派イケメンがたっき君でしょ?で、ゆきちんさんてこれゆきちんって感じじゃなくない?みっちゃんなんて言ってるから可愛い人想像したけど普通にモテそうな男の人じゃん!秀ちゃんって全然秀ちゃんじゃないよ秀さんだよ!!なんなのよこの美形集団」
ワンブレスで言い切った。
そうなんだよねぇ、俺もそこは全くの同意見。
最初からこの環境だったから良いけど、途中参加でこの面子の中へ俺みたいな平々凡々な容姿で入って行くのは中々勇気がいる。
「なんでこの中で勝田選ぶのか訳わかんねぇな」
先輩がしみじみと呟いた。
「本当にそう思う……」
「まぁ……好みは人それぞれなんだろうけど、予想以上の絵面でさすがに驚いた」
細目の先輩が目を見開いてるの初めて見たから、ものすごーく驚いてるのは解る。
千春君と耀ちゃんが有名人だから、俺は自分から家族の話をする事は極力避けてる。どうしてもしなければならなくなった時にするのはたっき関係の話だけ。それだって、たっきの素性については話さないし龍紀とは呼ばない。実際に会社の人は〝たっき〟って珍しい名前だよねって言われたし。
今だって先輩には悪いけど、篠山龍紀ではなくただのたっきとだけしか言ってない。どこでどうたっきの古傷を抉るか分からないもん、そんな人の触れられたくないだろうところは最初から触れたりしない。
俺とたっきは家庭の事情で、耀ちゃんは家族が事故で亡くなって養子になったって説明した。
本題に入る前に先輩のキャパシティが満杯になりそうで、どうしたものかと膝に手を置いてまだ珍しい物を見たって風な先輩を見つめるしかできない。
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