シリウス

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 会社とは反対方向にある喫煙所とか待ち合わせ用のスペースへ二人とも普通の話を心掛けながら向かう。ストーカーが注文をキャンセルして追いかけて来た時に怪しまれないように、普通に。  実は耀ちゃんから少しなら時間がとれるから直接会って先輩と話したいって連絡が入ってた。  タバコを吸わない俺はこの辺りへは用事がなければ来ないし、駅前とは少し離れたところにあるから直ぐに追いかけられなければまず追いつかれないはず。それでも先輩はさり気なく当たりを気にしながらわざと人通りの多い道を選んでる。もし、尾行されていてもそれをまこうとしてるんだなってなんとなく分かった。  先輩から渡された音声データには会社内で収集した情報と、犯人と思しき人物の特徴や、何月何日の何時にどこで見かけたか、その時同席していたのは誰か、具体的に何をされたか。そういう事を音で聞いて分かるように吹き込んであった。  それを確認した大人組は先輩は信用に足る人物で、社内での味方として家族を代表して一度誰かが挨拶すべきと判断したみたい。 「おー、すげぇな!本当に居るじゃーん」  喫煙所でタバコを美味しそうに吸ってる千春君と喫煙所と少し距離を置いた花壇に腰掛けてスマホを弄る耀ちゃんが俺に気が付いて手を止めてこっちを見つめた。  千春君は相変わらずのレザーのジャケットに革のパンツ、髪は風が強いからか前髪と横の髪以外を適当に後ろで一つに(くく)ってる。  ハード目な千春君とは対照的に耀ちゃんは柔らかな生地の濃いモスグリーンのジャケットにシンプルなインナーそこに山吹色のストールを巻いて、ふわっとした髪とストールをひらひらと風に(なび)かせながらこっちに向かって歩いてきた。  出会った頃の俺がしてたような縁の厚い伊達メガネをつけてるけど、決してモサッとはしていない。サングラスを掛けていかにも芸能人ですーってよりはオシャレな感じにメディアで見かける雰囲気からズラしてる。メディアでの耀ちゃんはなんとなく千春君に似たような雰囲気だから、今の耀ちゃんは大学生とかにしか見えない。 「俺さーアーティストとか芸能人に会うのって初めてなんだよね。なんか緊張するなー」 「アナタ緊張なんて繊細なこと出来たの?」 「そりゃするよ。いや、あんまりしないけどこれはするでしょ」  先輩はそんな耀ちゃんにでも珍しく緊張してしまったらしい。  俺達の前に立った耀ちゃんは綺麗な姿勢で頭を下げた。 「幸村耀です」  礼儀作法は秀ちゃんが気にして俺達にきちんと教えてくれたから、武道も習った耀ちゃんやたっきは本当にキチッとしてて、耀ちゃんの雰囲気や見た目でこの仕草を見ると特にアーティストにちょっと偏見のありそうな年上の人はギャップで〝しっかりしてる〟って思うらしい。  先輩はそういう偏見は無さそうだけど、少し驚いたみたい。顔には出さないけど、なんとなくそういうのは分かる。  千春君もタバコの始末をしてからこっちへ歩いてくるけど、こちらは相変わらず猫背で気怠げだ。 「四谷千春です。息子がお世話になってます」  挨拶の時はキチッと頭を下げた。  そうか。千春君が俺のお父さんだから、大人組を代表してここに来てくれたのか。シャイであんまり口数の多くない千春君が来てくれていたのが少し意外だったけど、今の一言で理解した。 「どうも。勝田と同じ部署の榎本(えのもと)健太(けんた)です」  先輩は背が高いからちゃんと背筋を伸ばした千春君は少し見上げるみたいにしてお辞儀をしてから顔を上げた先輩を観察してる。  ジロジロと見ているわけじゃないけど、実際に会って本当に味方として勘定に入れて良いのか測ってるっぽい。本来そういうのはみっちゃんやたっきの得意分野だけど、この時間に急に動けたのは千春君と耀ちゃんしかいなかった。だったら千春君の方が人生経験からいっても適任なんだろうな。  たっきに言わせると耀ちゃんは基本的に性善説(せいぜんせつ)の世界で生きてるから初対面でいきなり疑ってかかったりは出来ないらしい。それが俺の関係者なら少しは警戒心っていうか、俺に害を与えないだろうな?って風のセンサーが働くらしいけど、それでやっと人並みなんだそうだ。  俺はたっき曰く人の善悪を考える以前にどれだけ今いる場所で波風立てずにやっていくかに重きを置いてるから、警戒とかそんな余裕なく生きてるんだそうだ。  反論の余地は全く無い。  耀ちゃんがとても自然な仕草でスマホの画面を見せて、先輩が頷く。 「じゃ、そこへ」  スマホの画面にはここから少し離れた場所の地図が表示されてた。ここじゃ人も多いから場所を変えるみたい。  俺はまた先輩と並んで歩く。 「今のところは追いつかれてないと思うけど、念には念をってね」  待ち合わせだけ?って不思議に思ってたら小声でそう説明された。ついでに言うと、会社には俺と先輩は先輩のクライアントのところへ行ってる事になってるらしい。  わざと駅近くの人の目に付く場所で待ち合わせて真正面からストーカーの顔を知ってる耀ちゃんが尾行(つけ)られてないか確認して、そこから千春君がよく使ってる常連客くらいしか来ない喫茶店へ移動するらしい。  赤信号を待つ間に小声で千春君が独り言みたいに喋りながら教えてくれた。千春君の声を聞き慣れた俺にはちゃんと聞こえたけど、先輩にはよく聞こえなかったみたいで道すがらそれを伝えた。  因みに俺の声は小声でもよく通っちゃうから、場所とかは言わないでさっきのお寿司屋さんみたいな喫茶店っていったら伝わってくれた。  千春君が店のドアを開けると、カロン……ってちょっと籠った音を立ててカウンター向こうにいた初老の男性がこっちに向かって目礼をしてくれた。  中は純喫茶って感じで、こんなお店あったんだ……って本日二回目の驚き。 「あらまぁ、おかえりなさい」  奥のボックス席に座ったら、メガネを掛けたご婦人がおしぼりとお冷を出してくれた。  おかえりなさいってことは千春君が海外に行ってるのを知ってる程度には会話をする仲ってことかな。 「金曜の夜に戻ってきたけど、やっぱここが落ち着くわ」 「それは良かったわ。でも家が一番でしょう?」 「それはそうだな」  にこやかに話してるから、千春君のお気に入りのお店なのかもしれない。 「俺はコーヒー、コイツ等にはウインナーコーヒー。榎本さんどうします?」  彼女からメニューを受け取ると、先輩にだけ見せて俺達の分はウインナーコーヒーをオーダーしてしまった。  先輩はにこにこ笑いながら千春君と同じオリジナルコーヒーを選んだ。初対面の先輩の手前、耀ちゃんのイメージが壊れないようにクリームの乗ったウインナーコーヒーをチョイスしてくれたんだろう。  耀ちゃんもたっきほどではないけどコーヒーは得意じゃない。コーヒーを美味しいって思ってみたいって理由で自分で挽いて淹れるくらいには。 「さて、本題な。ここなら普通に話して問題ない」  千春君の言葉をキッカケに情報交換を開始した。
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