シリウス

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 先輩がじーっと耀ちゃんを見つめて、気まずそうな耀ちゃんが俺に視線で「この人なんなん?」って聞いてくる。  悪気は無いと思うんだけど、何か気になる事でもあったのかな?  自然な動きでレコーダーを止めて、あまりにいつも通りの口調でとんでもない事を言ってくれた。 「勝田の彼氏ってテレビで見るより生で見た方が格好良いね」  反射で口をつけたコーヒーを吹き出した。  堪えようとする事すら出来ずに。 「うぉっ!?」  先輩はそれはまぁ器用に避けてくれた。  焦げ茶色の霧吹いてすみません……。 「はぁぁぁ……」  隣から(ふっか)~いため息が聞こえてくる。  見なくても分かる。千春君は恐らく眉間に深い皺を寄せてるはず。それもうため息って言わないよねって位のため息だった。  俺が気を落ち着かせようと濡れた口元をおしぼりで(ぬぐ)ってる間に、耀ちゃんが自分のおしぼりでテーブルを()いてくれた。 「お前その癖いい加減治せ」 「……ごめんなさい」  (しっぶ)い千春君の声に謝るしかできない。  おまけに俺の恥ずかしい癖は喫茶店のご婦人にもしっかり見られてたらしくて、新しいおしぼりを持って来てくれて、ついでにテーブルもササッと拭いてくれた。それもとびきり穏やかな笑顔で。  本当に居た堪れない……。  俺の心臓は変に脈を打ってるのに、先輩はいつもの調子を崩さない。 「勝田面白い癖持ってたんだなぁ」  元はと言えば先輩がとんでもない言葉を放り投げたのがいけないんじゃん!   それなのに心底珍しいものを見ましたって顔して俺を眺めるとかアンタ鬼か!! 「でもやっぱそうなんだ。なんか話聞いてて所々なんか薄ぼんやりしてるなって思ってたところがあったけど、それなら解る。そりゃ濁すよな」 「……えっ?!」  さっき話した家族の話だけど、たっきの事はもちろん、ゆきちんの事とか俺と耀ちゃんの事も濁した。  俺は嘘をつくのがへたくそだから曖昧に話したせいでかえってそこが変な違和感になっちゃってたのか……。  何かを隠されてるなって気が付いた先輩は嘘をつけない俺にカマをかけたつもりが、予想以上の反応を返されてビックリしてるみたい。 「いやー、そりゃお前。そんな反応返されたら……ねぇ?」 「……こんなの誤魔化せん」 「あ!」  そっか!  俺が反応しなければ、千春君の顔は見えなかったけど耀ちゃんは眉一つ動かさなかった。多分、千春君も同じだったんだろう。先輩も俺がなんの事?って顔をしたら勘違いだったとか何とかって誤魔化すか、普通に俺の話に不自然な所があったけど、今回の件に関わりあるか?って聞いたんじゃないかな。  今の耀ちゃんの顔は流石に見る事が出来ない。  俺は気まずさから足の間に手を突っ込んで俯くしかない。 「まぁ、頭の切れる奴なら直ぐに気づくやろ。今は別の家に住んどる俺が翔平の事に気ぃ付けたのも、飲み会にわざわざついてって離れたとこで様子見てたのも、家族ってだけじゃ説明つかへんからな」  へ?  恐る恐る顔を上げたら、耀ちゃんはしょうがないなって感じの苦笑いを浮かべてこっちを見てた。  そういえば、先輩に嫌悪とかそういう負の感情は浮かんでない。 「いつも勝田が家族の話っていって話すのは〝たっき君〟だけだからね。耀君も兄弟なはずなのにおかしいなって、話を聞いてて思ったのがきっかけ。芸能人だからかな?って思ったけど、それだとやっぱりズバリ耀君が言ったところがね、引っかかるわけよ」 「偏見とかは?」 「どーだろ?他の奴の事は正直分からないけど、勝田はまぁ良いんじゃないかな」 「そうなの?」 「おー。だって、勝田は勝田だから。先に知ってたら分からないけど、そんなのたらればだし」 「そ……なん……だぁ……」  体から力がふわぁって抜けてく。  家族以外の人に知られたら酷い事になるとしか考えていなかったけど、もしかして先輩は俺って個人を認めてこう言ってくれてるのかもしれない。  俺が知ろうとしなかっただけで、もしかしたら良いよって思ってくれた人も居たのかもしれない。 「ま、ビックリはしたけど」 「ですよね。本当にアホな息子が世話かけてすみません」  千春君がすまなさそうに頭を下げた。  その姿になんか胸がキュッてなる。  そっか、これがそうなのか……。  俺のせいで何にも悪くない千春君が頭を下げるっていうのは、自分のせいで大切な人が謝るのは、こういう気持ちだったのか……。 「謝ること無いですって。俺そういうの気を遣わない(たち)だし、誰かに言ったところで俺は楽しい思いしないから言うつもりもないし。今回のストーカーの件と勝田が話の中で濁してたところが関係してないならそれで良いんで」  やっぱり、そういう事か。  そっか。  そっかぁ……。  先輩から会社へ俺個人のストーカーに対してはもちろん、社員への薬物投与の可能性を報告して、警察へ被害届を出しつつ会社として然るべき対策をとってくれるって事で一先ず今日の話はおしまい。 「具体策は確約出来ないけど、会社フロアの部外者立ち入り禁止対策強化と、ビルへの立ち入り業者の身元確認徹底かな」  具体的な報告は会社の出方を見てからになりそうって千春君と耀ちゃんに向かって言って、俺には絶対に一人でエレベーターに乗らないようにって言った。  俺の勤めてる会社はいくつもの会社の入ってる高層ビルの十一階にあるから、階段での上り下りなんて会社に行くだけで朝からへとへとになっちゃう。でも、色んな会社の人が乗り降りするエレベーターじゃ誰がストーカーなのか判らない現状だと危険かもしれないって。 「事情を話して朝は勝田当番でも作るよ。前に付き纏い被害にあった子何人か居たっしょ?あの時も勝田とか皆で駅のところから会社まで無理ない感じに回したじゃん。気にしない気にしない」  うちの会社ってどれだけホワイトなんだろう……。  自分が守られる立場になって初めて認識した。ここが初めて勤めた会社だから意識しなかったけれど、かなり待遇が良いと思う。  先輩が今この時に在籍していてくれていた事も大きいのかもしれないけど。 「そんなんあったん?」  耀ちゃんが驚いたように眉を上げた。  そういえば俺が入社した時には耀ちゃんは家を出てたからそういうの知らないのか。 「うん。デザイナーとかってあんまり表に出ないけど、たまぁに雑誌とかテレビの特集とかで顔を出してりするからそういうので目をつけられちゃった子がいて。今はもう大丈夫なんだけど」 「翔ちゃんそういうの出た事ないよな?」 「無いよ?」  耀ちゃんが軽く首を傾げる。  何が引っかかったんだろう? 「あー、そっか。勝田、席離れる時は大まかでいいから戻り時間を伝えてから席離れて」 「トイレとか?」 「同じビルの奴とか、最悪同じフロアの奴だったら勝田の行動パターンを知っててもおかしくないでしょ。俺等は普段から他人の顔なんか意識して生きてないから特徴的な人物でもなきゃ覚えてないんかないよ」 「……なるほどな」  同じフロアに会社はウチを入れて五つ。  確かに言われてみれば他所の会社の人に誰が居るかなんて分からない。  その分からない人達とトイレと給湯室が共用だ。  給湯室っていっても水道設備なだけだけど、各テナント内部には水道が無いから必要ならそこから汲んで行く。ウチはウォーターサーバーだからあそこのお水にはお世話になってないけど、共用部分があるって事はそういう事を頭の中に留めておいて損は無いと思う。  特に俺みたいな奴は。
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