シリウス

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 料理が運ばれてきて、やっぱりここはオムライス推しのお店だったんだなってテーブルの上を見つめた。  デミグラスソースのいい匂いがする。たっきの食べてるハンバーグが乗ったオムライスから。俺のトマトとチーズの掛かったオムライスや秀ちゃんのホワイトソースの掛かったオムライスよりもたっきがもぐもぐしてるオムライスの匂いが強い。  匂いかぁ、そういえば最近なんか匂いについて引っかかったような……?  なんだっけ?  わりと重要なところで気にならなかったっけ? 「で、秀ちゃん子供って?」  意識を別へ飛ばしてた俺はいきなりぶっ込んだたっきに思わず口に含んでたスプーンごとオムライスを吹き出しそうになってスプーンを握った手に力を込めて何とか耐えた。  何の予備動作も無くザックリと核心に切り込むの止めて欲しい。 「あ、翔平吹き出さなかった」 「確信犯か!」  コノヤロウ…… 「いつもやったらぶーって霧吹くやん」 「外やからめっちゃ(こら)えただけや!!」  本当は千春君に叱られたから意識しててなんとか耐え切れたけど、これが家だったらやってたかも。よく見たらたっきはナプキンで防御体勢をとってたし、秀ちゃんはテーブルを拭く為におしぼりを手にしてた。  二人とも酷い……。  すまなさそうな秀ちゃんが軽く頭をかいて、そっとおしぼりを自分の近くへ置いて話をする姿勢を取ったから俺とたっきも秀ちゃんに注目する。 「えーっと、どっから話したものかなぁ……」  そう切り出した秀ちゃんの話の内容は中々にヘビーなものだった。  そもそも、その子供が秀ちゃんと血の繋がった親子かどうかはわからないらしい。  二年前にお付き合いしていた女性と暮らすって家を出た秀ちゃんだけど、その子は俺達の住んでいる場所から秀ちゃんをお金持ちだと勘違いしていたそうだ。会社の人経由で知り合ったからウチがシェアハウスだって知らなかったらしい。  秀ちゃんは秀ちゃんでその子がお金持ちと結婚したいから付き合っただなんて思いもしなかったし、ちゃんとその子の事を好きだから将来の事とかも考えていて。けれども一緒に暮らしてみたらどうもおかしいな、歯車が合わないみたいに決定的に何かが噛み合わないような感じがするなってなって。  ある日、その子は楽な生活が出来ないならアナタに用は無いって内容の言葉を告げて家を出て行ってしまって、それきり連絡も取れなくなってしまった。  何が何だか分からない秀ちゃんが知り合ったきっかけの会社の人に恥を忍んで事情を伝えて、そこで初めて彼女が所謂(いわゆる)【玉の輿(こし)】狙いの女性だったと判明した。会社の人もそこまで親しい間柄じゃなかったらしくて酷く言い難そうにそれを調べて教えてくれたそうだ。同じ会社なのに気まずかったそうだけど、そこはお互い大人だから穏便に済ませるって言うか、苦笑いでその話題に触れるのを止めたらしい。  そこで完全に秀ちゃんと彼女の繋がりは切れてしまった。  秀ちゃんが本当に言われた言葉はもっと辛辣(しんらつ)でトゲトゲしたものだったろうに、俺達に聞かせる為にわざと柔らかい表現にしたんだろうって理解(わか)ってしまって胸がヒリヒリする。  その(くだり)でたっきがキレかけて。  俺も腹が立つっていうよりも、なんでそういう風に考えて、言えてしまえるんだろう、悲しいなぁ……って気落ちしてたから、のどかなランチタイムのカフェで罵詈雑言を吐き出しそうになるたっきを何とか止めただけ褒めて欲しい。 「不愉快な話でごめんね」  秀ちゃんはとってもとっても申し訳なさそうな顔をした。  そんな訳だから、秀ちゃんと別れた女性がその後どうなったのかはよく分からないらしい。  そもそも彼女は自分の話をあんまりしなかったらしいし、秀ちゃんからも深く聞いたりしなかったんだって。  それは決して興味が無かったからじゃなくて、言いたくない事は聞かない秀ちゃんの優しさから来るものだったんだろうけど彼女はそうは受け取らなかったのかもしれない。  日常のそんな小さな期待外れが積み重なって、お金持ちじゃなくてもあなたなら良いって選択肢を選んでもらえなかったんだろうねって哀しそうな目をして秀ちゃんがため息をついた。  彼女と別れはしたけど、自分も自立しないとって思った秀ちゃんは家に帰らずに一人暮らしを続ける事にした。  時間がある時には家に帰って俺達と過ごしたり、耀ちゃんやたまに帰国してた千春君とご飯食べたりして日常を過ごして、彼女との別れ自体は人生の中でよくある事の一つとしてなんとか受け止めたんだそうだ。  でも、最近彼女は児童虐待で逮捕された。  それにみっちゃんが気が付いた。 「けいちんと充君には悪いことしちゃった」  もしかしたらみっちゃんがこの話を秀ちゃんにしたのには、ゆきちんのお父さんが絡んでいるのかもしれない。  ゆきちんのお父さんはゆきちんや家族達の身辺調査をしているってみっちゃんが言ってたし、なんとなくそうなんだろうなって。  幸いにも子供は保護されて入院してるんだって知らされた時に、みっちゃんはその子が出来たと思われる期間に一緒に住んでいたのは秀ちゃんだけど彼女は他の人とも同時進行でお付き合いしていたって伝えた。 『お前が知らへんのにわざわざ言わんでもええかと思ったけどな。選べる選択肢が無くなった時に知るよか今言った方が親切やろ?』  全くもってみっちゃんらしい。  どうするか迷った秀ちゃんだけれど、結局ゆきちんに頼んで子供の面会許可を取り付けてもらって会いに行ったそうだ。 「けいちん今受け持ってる仕事が忙しいのについてきてくれて。それで、その子に会ったらね、なんかね、あぁこの子は一人なのかって思っちゃって」  忙しかったのはんでしょ?  俺の事と時期が被ってる。 「こんなに小さいのに、この子には家族が居なくて。帰ってくるんだろうけど、でも、きっと同じことの繰り返しになるって。こんなケガをして、しなくていい痛い思いをして、悲しいとかそういうこともよく分からないだろうに何で?って思ったら……」  言葉が出ない。 『一応言っとくけど、犬猫と違うぞ。(ひと)一人分(ひとりぶん)ってことだからな』  ゆきちんはそう言ったそうだ。  三人しかいない病室で、一時の情に流されて軽々しくこの子を引き取りたいって言ってしまいそうになったのを見透かされた気がしたって。  ゆきちんは耀ちゃんとたっきの一生を背負う気で親になったのかって、違うところに考えがいってしまおうとするのを慌てて秀ちゃんの話へ意識を戻す。  一回は黙って家に帰った秀ちゃんだけど、脳裏からその子の姿が離れなくて。自分の子じゃない可能性もあって、急に親になるってなっても覚悟も何も無くて、そもそもなれるのかもわからなくて。  散々悩んで、覚悟を決めたそうだ。  そんな秀ちゃんにゆきちんもみっちゃんもお前ならそうするだろうって思ったって言って笑ってくれたらしい。  話を聞いて終わって、たっきがぶすっ……て唇を尖らせて珍しく言葉を発さないで視線を泳がせてる。  言いたい事はなんかわかる。 「その子、家に連れて帰って来てくれるんでしょ?」  今の家は安全とは言えない。 「実はそうさせてくれるって言われてて、千春君と耀ちゃんが昼に預かってもらえる保育施設が見つかるまでは面倒見てくれるって申し出てくれてるから厚意に甘えることにしようかなって」  耀ちゃん?!  あ、だからたっきぶすくれてるの!? 「耀ちゃんには翔平への片想いの話とストーカーの話をされた時にこっちも隠し事をしてるのはフェアじゃないから話してて」  秀ちゃんもたっきのぶすくれ顔の理由に気が付いたみたい。  そりゃあ仕方ないよ。仕方がないって頭では分かっていても、耀ちゃんに隠し事をされたって事がたっきは割り切れないんだろうなぁ。  大人組が情報を共有してるのはいつもの事だから気にならないんだろうけど……。 「ミツ君が珍しく早く片そうとするからそんなに翔平ヤバいんかって思ったら、こういう……」  あ、違った。  耀ちゃんとみっちゃんに隠されたのが面白くなかったのか。  ムツカシイなぁもう。
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