シリウス

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 もし家を出て直ぐに俺にストーカーが接触してきたらボコれるとか思ってそう。 「もし出会(でくわ)してもくれぐれもやり過ぎんなよ」 「えー!」 「えー言うな!!」  スっパーン!て本当にいい音がして何かと思ったら耀ちゃんがスリッパを手に握ってた。  音は派手だけど痛みは手のひらより少ないらしくてたっきは今度は痛いとか言わなかったし、びっくりした顔で耀ちゃんの右手を見つめてる。それから口の端をにぃぃいいいって釣り上げて笑ってってすっごく怖い。 「あースリッパ装備した!」 「お前は子供か!!ええから真面目にやれやシバくぞ」 「もーシバいとるやん」  たっき、楽しんでるでしょ?  超楽しそうだもん。 「龍紀、お前は家族の為ならチャンスがあれば平気で相手を無力化すると俺は思ってる。それは世間一般じゃ過剰防衛って呼ばれるものだ。そこにお前の思いは加味されない。情状酌量の余地はあっても、だ」  楽しそうだったたっきがゆきちんの言葉を聞いた途端、ボロンって笑顔の仮面を落っことした。  そういうこと。  楽しそうなんかじゃなくて、たっきは最初から腹を括ってただけ。  だからそう見せてただけ。  誰も怪我をしないように、万が一にも傷付けられないように、最初から自分が全部を引き受ける気だった。  だから前の時にも〝楽しそうに〟こっちから攻撃したいって匂わせてた。  そうなった時に、コイツならやると思ったって思わせるように。 「あー、全部お見通しって?」 「まぁ……親だからな」  そして、ゆきちんは当然として鈍い俺以外の全員がそんなたっきの考えを理解してた。  ゆきちんはそれを代表してお前の勝手は許さないと言ったのかもしれない。  皆が知ってるって気付いたから、たっきは笑顔の仮面を外したのかも。  こんなたっきは初めて見る。  違う。  この家に来た時、たっきはだった。  他人を信じない。  他人なんか要らない。  他人なんてどうなっても構わない。  そう全身が言ってた。  今のたっきは明るくて子供っぽいウチの末っ子だけど、それはあくまで家族に対してだけだったんだ。  そうだ。  昔、高校の時にも誰かが言ってたじゃん。 『男女関係なく正々堂々見開きでぶっ飛ばす、ある意味正統派の優等生』  だって。  たっきの本質は篠山龍紀の人生が壊れてしまった日から何一つ変わっていないのかもしれない。  変わったとしたら、家族(おれたち)を例外として信頼した事だけなのかもしれない。  何を言ったら良いのかわからない。  たっきは法曹三者の一角を担う職に就いてる。  だから、そんなの本人が一番よくわかってる。  それでもその役目を自分が背負うって決めた。  決めさせてしまった。  だから、今たっきに言葉を掛けるべきは恐らく俺だ。 「たっき」  ゆきちんみたいな無を貼り付けたたっきが真正面から俺を見つめる。  あぁ、綺麗な顔だな。 「俺は弱くないで」  ありがとうも、ごめんも、違う。  俺が皆にただ守られて平気だったと思う?  そういうの、たっきならわかるでしょ? 「たっきが俺の為に誰かを攻撃するの、自分がなんかされるよりずっとずっとキツい」  皆黙って俺とたっきのやり取りを見守ってくれてる。 「俺は皆を信じて守ってもらう事にした。そこにはもちろんたっきも入ってる。たっきが俺の為に過剰防衛で捕まるなんてなったら、それは守ってもらったって言えない」  うまく言えなくてもどかしい。 「犠牲にしたって、俺は感じる」  たっきはゆっくりと瞬きをした。  それから、ふぅ……って深く息を吐き出した。 「わかった。ボコるのやめとく」 「うん」  耀ちゃんが音を立てずにスリッパを履き直した。  もう(はた)く事はしないらしい。  遅ればせながら気が付いた。  さっき、ねおんちゃんの話が出た時にたっきが拗ねていたのは仲間外れにされたからじゃなくて。  本気でストーカーを再起不能にするつもりだったたっきは、過剰防衛で捕まるつもりだったから。  だから、自分だけはねおんちゃんに会えない。  会う資格は無いって思ったんだろうね。  家族の為とはいえ、暴力を平気で振るえる存在は彼女に会っちゃダメだってたっきならそう思ったんだろうなって、わかってしまった。  本当はね、優しくて真面目な子なんだよね。 「もうええな。話続けるぞー」  みっちゃんは淡々と話を続ける。  ゆきちんが俺の言葉やたっきの言葉に異を唱えなかったから、みっちゃんはもうこれ以上たっきの話を続けないらしい。  明日の役割分担と計画に話を軌道修正した。 「で、翔平は三人が出て十分後に家を出ろ。先発組に言っとくけど十分しか猶予はないから移動と配置は速やかにしてくれな」 「うん」  三人はそんなの当たり前だって風に頷いた。 「たつからの連絡を待ちはするけど、俺と耀は翔平と同じタイミングで裏から外出て翔平をつける」 「隣ん家抜けるん?」 「いや。たつの連絡次第やけど、玄関さえ通らなきゃええやろ。最後に家出る圭が録音してあるフェイクの生活音を盗聴器に聞こえるよに流しとくから」  なにそれ?  凄く音を絞ったその音を流してくれたけど、テレビとかの音は入り込んでなくて誰かがしゃべってるかなーって音とか、ドアが閉まる音とか、みっちゃんの大きな足音が歩き回る音がする。 「千春に風呂場で日常してる音を確認しといてもらって、耀が家でしてる色んな音を繋ぎ合わせて作った」  そう言ってゆきちんはスピーカーを切った。  音の専門家二人の合作かぁ。確かにリアリティとクオリティが半端なかったなぁ。 「こんなこと出来るんだねぇ」  俺とほぼ同じ感想らしい秀ちゃんが千春君と耀ちゃんをキラキラした目で見つめると、見つめられた照れ屋二人は薄く頬を染めて目を泳がせてる。  評価ならされまくってるから気にならないんだろうけど、素直な賛辞はストーンッて胸に刺さるから反応に困るっぽい。 「最後、圭は音を流してから家の周りを確認して、手筈通り駐車場へ。こっちが下手こいて車使われたらそんときは頼んだ」 「下手こくな」 「そらまぁ最大限の努力はするけどな?相手の実像が思ったよか見えへんかったからしゃあなしやろ」 「…………そこだな」  そう。  びっくりなんだけど、あのたっきがストーカーを尾行出来なかったんだ。  姿こそチラチラ見掛けたんだけど、上手い具合に人混みに紛れられて決定打を打ち込めなかった。  家とか会社が判ればそれで良しと思っていたらしいけど、たっきに気が付いていないっぽいのに存在そのものが道行く人々に紛れて掻き消えてしまうらしい。
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