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唸った俺をたっきがバカにしたような顔で見つめてくる。
「榎本さんやっけ?先輩に一応連絡して今の話しといてや」
「今日三連休初日の土曜日だよ?しかも時間が」
「翔平よか榎本さんのが会社周りの話に詳しそうや。何か思いつかへんか聞いとくのと、明日明後日でお前にもしもがあった時に何も知りませんでしたじゃ向こうさんも困るやろ」
「あ……」
「この世に絶対とか完璧とかはないんやで。俺にストーカー無力化すんな言うんやったら、反撃のひとつくらいは誰かしらもらうと思うけど?」
でもってその一撃を貰うのは俺だって言いたいわけね?
反論は無いよ。
捕まるってなったら何をするか想像もつかないし、激昂したストーカーが対象の相手やその家族を殺す事件だってある。
狙うのがただたまたま近くにいた人っていうのはまず有り得ないし、なら家族を狙うだろうけどそれなら執着してる俺からだろう。
皆は俺を守ってくれるだろうけど、たっきの言う通り何事にもイレギュラーは発生する。
「……連絡しとく」
「そいつを調べられたら良かったんやろうけどなぁ」
「たつの言うこともわかるんやけどな?そら無理や。お前が張り付いてここまで収穫無しなんこれ以上引き延ばしても変わらへんわ」
「うーん……まぁ、そうやな」
たっき不服そう。
家を出てからのフォーメーションって、千春君と秀ちゃん、俺の後にたっきで少し離れて耀ちゃんとみっちゃん。別ルートで車を動かせるようにゆきちんが駅へ向かって走るわけだから、千春君と秀ちゃんが襲われたらちょっとアレかなって気はする。
二人とも弱くはないけど、俺がお荷物になったとしたらたっきほどの思い切りの良さは発揮出来なさそう。言いたくはないけどね、俺はパニックになると体が固まったりする。そうした時に一切の躊躇も無く相手に攻撃出来るたっきが少し離れるのが気になると言えば気になる。
あー、そっか。
だからたっきは最初からストーカーを無力化しようとしたのか……。
耀ちゃんが小さく息を吐いて、首をゆるゆると振った。
「明日決めときたいとこやな」
「そうだな。俺はともかく、秀や龍紀は目立つ」
二人とも背が高いし体躯にも恵まれてる。
街灯の間隔が広くて見通しが悪いとは言っても、明日ストーカーが様子見なんかをしたらこっちの思惑は伝わってしまいそう。
「それに、一時的にとはいえ家が空になる。鍵は替えてあるけどその後でもう一回合鍵を作られてない保証も無い。現に庭に侵入しようとした跡があっただろ」
ゆきちんも小さく呟く。
俺が鍵の出処だって判明した今なら分かる。
深く注意を払ってない俺からもう一回鍵を盗むなんて、一回目の合鍵入手を簡単に出来たストーカーだもん。付け替えた新しい鍵を手に入れようとしてるはずって考えるのが妥当だもんね。
「そらまぁ圭が中からチェーン掛けて出るからそれなりの時間は稼げるけどな、そんでもコンビニ行って帰る数分間はホームの防御はスッカスカになるな」
「やったら誰か残る?」
「ストーカーとタイマン張れる奴か……。お前んなるけどそれでええか?」
「は?嫌だけど」
嫌かぁ……。
たっきはあくまで前線に拘ってるらしい。
みっちゃんは指揮を執るし、車を使うゆきちんは今のポジションから動かせない。ストーカーの顔を知ってるたっきと耀ちゃんも。
「俺、残る?」
秀ちゃんが苦笑いで手を挙げたけど、千春君は首を横に振った。
「最悪のパターンで、家出て直ぐ車乗りつけて力技で来られたら俺一人じゃ中々苦しい」
「だよねぇ」
え?
家出てすぐ?
俺がどういうこと?って目を見開いたのを見て、たっきがまた呆れたような視線をよこした。
「だーかーら。翔平さえ確保出来ればストーカーは俺等になんか興味無いねん。警察に通報されて捕まるの前提やって思ってたら、取り敢えず拉致って無理矢理にでも犯すやろ。その後殺したってええんやから」
「うぇ……」
「ここまで拗らせとるんやから、そら犯るわ。もしそれで翔平が言うこと聞きそうやって思ったら殺さずに監禁コースかもしれへんけど、どの道どうしようもない感じになるの分かっとるのに拉致らせるわけにいかへんてこと!」
俺にはストーカーがいきなりそういう事をするって頭が無かった。
しても話し掛けてくるとか、俺を刺しに来るとか、そういう感じだって思ってた。
「……それ、嫌なんだけど」
「歓迎する奴居るかボケ!これやからのーみそお花畑やっていうねん」
ぐ…………っ。
悔しいけど言い返せない。
「みすみす目の前で攫われたりする気せぇへんけどな」
耀ちゃんがポソッと呟いた。
たっきは絶対も完璧も無いって言って、それは俺だって解ってて、耀ちゃんだってもちろん分かってるんだろうけど。
「明日まずやってみてからやろな」
みっちゃんは完璧な作戦を立てるって言ってたはず。
なら、これでいってみるしかない。
「…………直接対決だけ警戒しておけ」
そういうとゆきちんは席を立ってしまった。
どういう事?って聞きたかったけど、皆なんにも言わずに解散してしまって、二階へ向かう耀ちゃんにつられて俺も二階へ上がってきちゃってた。
二階へ上がったはいいけど、どうしよう?
今の感じのゆきちんの部屋へ行くのはハードルが高い気がするし、家でも念の為に一人で居るなって言われてる俺はこの二択じゃ耀ちゃんの部屋へ行くしかないんだけど。
「翔ちゃん」
ドアが開いて耀ちゃんに呼ばれた。
「龍来てないなら俺の部屋来とき」
「あ……うん!」
ドアを開けて呼んでもらうのっていきなりハードルが下がる気がする。
いそいそと部屋に入ったら、少しだけ眉を上げた耀ちゃんが俺を見下ろしてからふって笑った。
「なんか嬉しそうやな」
「そ、そう?」
「ぉん」
耀ちゃんはいたって普通にラグに座ってテレビをつけた。サッカー中継がやってて、それを見始めた耀ちゃんの隣に座って先輩へメッセージを送る。
『同じビルの奴ね。そりゃなんか見覚えあるはずだ』
直ぐに返信が来た。
『真上のフロアの人だあれ。消防訓練で防火管理責任者の集まりに来てたの見た気がする』
よく覚えてるなぁ。
『確かそこそこ大きい会社の営業本部だったはず。あそこの人でよく話す人がいるから探ってみるよ。明日のことは家族が居るから大丈夫だろうけど無理や無茶は絶対にしない方向で』
ありがとうと返して、耀ちゃんに先輩からのメッセージを見せてみる。
「やっぱりあの人すごいわ」
「やっぱり?」
「歳食った分だけちゃんと大人んなってるって意味」
よく分からないけど、耀ちゃんが言うならそうなんだろう。
家族のメッセージグループにも先輩の返信を転送して、俺は胡座をかいてテレビを見てる耀ちゃんの足の間へ、たっきがいつもそうするように座り込んだ。
「翔ちゃん!?」
背凭れにするみたいに体重を預けたら、最初は困ってた耀ちゃんも俺のお腹に手を回してそのままサッカー観戦に戻った。
本当は物凄く恥ずかしいんだけど、なんか耀ちゃんはたっきと俺のこういうのに思うところがあったみたいだったから。
だから、たまにはいいかなって。
眠くなったたっきにドアをガンガン叩かれて呼ばれるまでそんな感じでイチャイチャしてたんだけど……。
「翔平いつまでイチャついとんねん。俺もー眠たいんやけどー」
そうだった。
俺はたっきをシバくつもりだった。
思い出した!
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