【???eyes】

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 今までは趣味らしい趣味もなかったし、何かにはまったこともなかった。  そんな俺がすっかりとはまったのが【勝田翔平】だ。  下のフロアであんなに砕けた格好が許される会社は一つだけしか無かった。昼飯時に一緒に居る連中もそんな感じだから、会社自体が緩いと思っていい。なら、デザイン事務所が入ってる。  そこまで見つけてしまえばあとは楽だった。  彼がこの秋に手懸けたジュエリーを芸能人が気に入って付けて、それから彼自身の事がメディアで小さくだったけど取り上げられた。  彼の勤務先のホームページにもそのことは書いてあった。ご丁寧に写真と簡単なプロフィールを添えて。  そこで下の名前と歳も知った。  俺よりも三つ下の二十四歳で、今年の春に入社していた。だから去年は彼の存在に気が付かなかったのか。  最初は朝の電車の車両をドアひとつ分ずつ変えながら彼が乗り込んでくる駅を探した。  ある日に乗り換え駅が同じだって気がついて、だけどこんなに人も多くて迷路みたいな駅じゃ何線から来たのかわからない。わからないから夜にあとをつけることにした。  つけてみたらそれはもう簡単で。  見つかってしまったらどうしようかとドキドキしていたのも最初の頃だけで、彼は全く俺の存在に気が付かなかったし後ろを振り向くような素振りもみせなかった。  彼の住まいは有名な高級住宅地で、おぼっちゃまだったのかって驚いたけどあの穏やかな話し方とおっとりした雰囲気は育ちの良さから来ていたのかと納得もした。  暗い住宅外を慣れた足取りで歩く彼を見失わないように一定の距離を保ってついていって、何日目かに家を特定した。  他の家よりも大きくて、狭いけど庭もある。門から玄関までの距離を庭にしているL字型の家の外観は洋館と言っても差し支えないように思える。  確認した表札には横文字で「Yukimura」「Yotsuya」「Hinami」「Kihara」と書かれていた。  勝田が無い。  そもそもなんで四つもプレートがあるのかと思ったけど、手詰まり感はあった。  家がわかってもそこから先へ進むのは中々ハードルが高い気もしたし、彼に見つからないように姿を眺めるに留めておいた。  それでも彼のあとをつけて、付き合っている相手は居ないらしくて、弟と待ち合わせして帰らない時には会社の連中と飲みに行くか買い物をして帰ってるのが大体の行動パターンだって把握した。  気に入ってる店がいくつかあって、保守的な彼はその店をルーティンで回している。  休日は意外とアクティブで、一人で買い物に出かけることもあれば弟と連れ立って出かけていくことも多い。  他の家族は年上の男性が二人。  どちらかが親なのかもしれないけど、どちらも彼に似ていないし弟の方にも似ていない。そもそも親と言うには若すぎる気がした。  その手詰まりが解消されたのは翌年の正月。  休みで彼の姿があまり見られなかった俺は暇つぶしを兼ねて彼の家を見に行って、そこで見知った顔を見つけた。  詳しくは知らないけど、確か最近ドラマだか映画だかの主題歌で一気に知名度を上げたバンドに居た顔だ。会社の女子社員がチケットがどうとか話してたから、調べれば直ぐに分かるだろう。  親しげに彼と笑い合うそいつが弟以上に気に食わなくて、観察もそこそこに家へ帰って即行(そっこう)で調べた。  案の定、直ぐに検索にヒットしてアイツがGrimm(グリム)Katze(カッツェ)というバンドでギターを担当しているヨウっていう奴だって判明した。  そうすれば後は簡単だ。そこからどんどん情報を辿っていって、ヨウの本名が【幸村耀】だと判明したところであの家の表札にあった「Yukimura」と繋がる。  幸村耀の記事を片っ端から当たって、四谷千春の存在を突き止めた時には胸が踊った。「Yotsuya」だ。これもあの表札にあった。  幸村耀がシェアハウスで一緒に住んでいるというギタリスト。  その四谷千春には血の繋がらない息子がいる。  幸村耀には弟はいるが兄はいない。  彼は家に子供は三人と言っていたから、幸村耀とその弟を抜くと彼しか残らない。ということは、彼の本名は【四谷翔平】なのだろう。  表札にあったあと二つの苗字についてはわからないままだったけれど、彼の秘密を知ったようでその時はそれで満足だった。  あとをつけても見つかることもなく、出会ってから季節が一回り回っても朝の挨拶は相変わらず続いていた。  そうなってくると少しづつ欲が出てきて、とうとう彼のバッグから彼の持ち物を盗んでしまった。盗む気なんてなかったけど、出来ると思ったらついやってしまっていた。  彼を見送ったあと、手の中に隠すように握りしめていた人形に鍵がくっついているのを見つけて焦る。  鍵なんて無くしたらすぐに気がつくだろ!  慌てて守衛室にでも落し物として届けようかと思ったけど、エレベーターのカメラを確認でもされたら俺が盗んだことはバレてしまう。それはあまりいい手に思えなかった。帰りの電車でこっそりと鞄へ戻してしまえば問題ないだろう。そう思って自分の鞄に手のひらサイズの茶色い犬のヌイグルミをしまい込んで、灰色の廊下を抜けて自分の会社へと向かう。  魔が差したのは客先からの帰りに、ふと駅によくある合鍵作成の店を目にしたせいだ。  なんとなく聞いてみれば所要時間もそんなにかからないと言うし、特殊ではあるけど複製不可の鍵でもないと言われてつい出来心で合鍵(それ)を手に入れてしまった。  そして、鍵は無事に彼の鞄へと返すことも出来た。  鍵を見つめているだけで満足だった。  これでいつでも忍び込めるって思ったらそれ以上の行動をとろうとも思わなかったし、犯罪者になるつもりもない。  でも、暇つぶしで付けていたテレビが盗聴犯を見つける専門家だか警察だかの特集を流していて、そういうことも出来るのかと気が付いてしまった。  時期は世間で言うお盆で、彼の姿は見えなかったから夏季休暇に入ったんだろう。反対に俺は順番で夏季休暇をとるから、彼の家族が居ない時間帯になら忍び込みたい放題だ。  そこからはもう、のめり込んだ。  調べれば盗撮や盗聴のやり方なんかいくらだって調べがついたし、彼の家は把握している。  彼の家族の行動パターンも外回りの隙間時間で調べて、勤め人ではなさそうな弟ともう一人の男性にさえ気を付ければ昼間にならば比較的簡単に侵入出来てしまうことを確認した時にはすっかり舞い上がっていた。それはもう。服装は近所の住人に見られても怪しまれないように作業着を用意する徹底ぶりだ。  季節は秋を過ぎて冬に差し掛かっていた。  趣味という趣味を持ったことがなかったからか何かにのめり込むのは楽しかったし、時間が過ぎるのはあっという間だった。  なにより、彼の生活を共有しているようで興奮した。  朝のエレベーターに乗り込む。 「おはようございます」  彼が笑う度に、彼の全部を知っている充足感が俺の中を満たしていった。  流石に浴室の中まではカメラは付けられなかったけれど、脱衣所は余裕だった。そこで見た裸は細い見た目に反して程よく筋肉のついた綺麗で滑らかなもので、男の裸だからと嫌悪を感じるかと思っていたけどそれは杞憂(きゆう)に終わった。  家族と笑い合って、外で見せる他人行儀な姿とは違った幼い仕草に胸が高鳴る。年上の二人と話す時には元から柔らかくて穏やかな声なのに、更に甘えを含んだようななんとも言えない声を発していて、それを向けられたいと思うようになっていた。  ある日、いつもどおり車を家から持ってきて裏手の道路へ停めて観察を始めた。  そこで彼の本当の秘密を知ってしまう。  彼の部屋に仕込んだカメラは彼が一人で自身を慰めているところまでもを俺に晒してくれた。  普通の男はそんなところは弄らない。  そんな扇情的な顔をしているのに相手はいないのか。  そうか。  彼はそうだったんだ。  恋人が居ない理由を知った。  それなら、俺がなってあげないと。
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