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ゼロ
今晩ストーカーを捕まえる。
そう思ったら朝からなんだか落ち着かなくて、そわそわとみっちゃんの後ろをくっついて回っては苦笑いでぐしゃぐしゃと頭を撫でられた。
なんとなく気恥ずかしくなってきて、大人しくたっきの横へ戻って二人でだらだらとテレビを見たりくだらない話をして時間を過ごした。
昼食後のたっきは俺を無視してソファでだらだらしてるし、千春君はラグで転がってる。秀ちゃんはゆきちんと二人でねおんちゃんの病院へお見舞いに行っちゃってて帰りは夕方。
いくら仲が良くても朝も昼も夜もべったりとくっついているから、家族との距離感がバグっているたっきをもってしても流石に飽きがきたんだと思う。一人の時間が欲しいんだなって。
こうなってくると部屋でギターを弾いている耀ちゃんのところへ行くのが一番楽しそうではあるんだけど、それをするとたっきにイジられそうで中々動けないでいる。
「俺これからたつ連れて買い物行くから、耀のとこ行っとけ」
たっきが自分の殻に閉じこもっちゃったから俺は朝と同じようにみっちゃんの後ろをついて歩いていたわけだけど、そんな俺を見兼ねてか助け舟が出された。
「えー!俺買い物行くん?」
「圭が居らんから俺一人じゃ荷物運べへんやろ。お前一番食うんやから貢献せぇ。夜はお前の好きなもん作ったるから」
「はぁ~い。晩飯はカレーな」
一番食うには異論も反論も無いらしい。
全員が揃っていた頃は家の前までゆきちんが車をつけてくれて、みっちゃんが買い込んだ男七人分の食材や日用品を皆で手分けして運び込んでた。最近は人数も減ってたし、ゆきちんは買い物の事を失念して出掛けてしまったらしい。
とはいってもいつまでもゆきちん頼みもなんだから、そろそろ通販で買えるようにしようかとみっちゃんは計画してて色々と比較検討の真っ最中だ。
助け舟にありがたく乗る事にした俺はみっちゃんから離れて階段へ向かう。
「じゃあ俺、上行くね」
「へぇ」
寝転がってる千春君に声をかけたのに応えたのは悪い子の顔をしたたっき。
ニッタァアアアって悪い顔をしてこっちを見てきて、俺は思わずファイティングポーズをとってしまう。
そういえば昨日の夜シバくのを忘れてた。
先手必勝!って思ってソファに寝転がるたっきに向かって飛びかかろうとしたところで後ろからスコンッて軽いチョップが降ってきた。
「何しとんねん」
う……。
飛びかかるのに失敗した俺は失速して、ソファの上で俺を跳ね除けようと構えてたたっきの目の前にぺしょっと落下した。
いつ降りてきたのか分からなかったけど、振り向いたら腕を組んだ耀ちゃんが呆れたような表情を浮かべて俺とたっきを見下ろしていた。
「俺まだなんもしてへんやーん。てか、襲われそうだったの俺や」
「まだってことは何かしようとしたやろ」
バッサリやられてたっきはへらへらへら~って薄っぺらい笑いを顔に貼り付けて「別に~?」って嘯いた。
そんなたっきをそれ以上構うことも無く、耀ちゃんは俺に向かって顎で階段を指すとくるっと身を翻して歩いていってしまう。
すっかり毒気を抜かれてしまった俺はたっきに構うことなく耀ちゃんの後ろ姿を追いかけて二階へ向かう。
「音楽やる人て皆地獄耳なん?」
「耀だけだろ」
後ろからたっきと千春君の言葉が聞こえた。
階段のカメラを意識して、あくまで自主的に階段を上がっているように心掛ける。
耀ちゃんは一階に降りてきてから直ぐに上がって行ったから見られていたとしてもトイレか何かだとしか思われなかっただろうし、ここで俺がバタバタと階段をかけ上がれば変な感じになるのは分かってる。分かってるけど、やっぱりぎこちない動きになっちゃって、部屋のドア枠に凭れてこっちを見てる耀ちゃんが笑いを噛み殺したような顔をしてる。
「し、仕方ないでしょ?」
部屋に入った耀ちゃんについて部屋に入って、ラグに座ってベッドの上に胡座を掻いた耀ちゃんへ向かってプスッと言い訳をした。
「なんも言って無い」
「耀ちゃんは目が物語ってるの!」
そういうと少しだけ目を大きくしてから、くしゃっと笑う。
本当に嬉しそうに笑うから、俺はこの表情が大好きだ。
「初めて言われたわ」
え?そう?
お口の方の切れ味が鋭い耀ちゃんは普段から意識して言葉を減らしてる。
他人に誤解されがちな言葉なら、最初から必要最低限にまで減らしてしまえば問題も減るっていう極論なんだけど、家族にも昔ほど喋ってくれなくなったのは少し寂しい。
器用に使い分けなんか出来ない性格なのは重々承知してるし、減ってしまった声の代わりに感情だだ漏れな表情で何を考えているのかなんてすぐ分かるから困りもしない。
困りはしないけど寂しい。
「あんま表情変わらんて言われる」
驚いた俺にまた笑ってみせる。
ほら、こんなに分かりやすいのに?
「俺の表情が判り易いのなんか家族だけや」
あ、そういうことぉ。
耀ちゃんの言葉っていうか、気持ちは相も変わらず分かり難いままだ。
いつだったかゆきちんが言っていたようにそれが原因で壁にもぶつかったらしいし、苦労もしたらしい。らしいけど、ぶつかった数だけ味方も増えて、今ではその本当の耀ちゃんを知っている人達と仕事をしてる。
俺達が何かしたかっていえば何もしてないけど、ただそこに居ただけで良かったらしい。
最悪、家族だけは自分を認めてくれる。そう思えば怖いものなんてなかったと少し恥ずかしそうに話してくれたから、何も出来なかった訳じゃなかったんだって嬉しくなったのを覚えてる。
それにひきかえ俺はと言えば、やっぱり相も変わらず人との摩擦を恐れて曖昧に笑う日々。
この辺はどうにかしたいところなんだけどねぇ。
ノートパソコンを立ち上げた耀ちゃんが少しギターを弾いてはパソコンをいじるを繰り返すのをなんとはなしに眺める。
作曲をしているらしい。
俺にみせても大丈夫なのか不安になって聞いたら、全然構わないとの事だった。寧ろ、構えなくてごめんって謝られちゃった。
「そろそろ曲出しの期日で」
「曲出しって何?」
「あくまでウチのやり方やけどな。メンバー各自が一曲ずつ曲を持ち寄って新曲の骨組みを作ってるんやけど、今やってる作業はその原案みたいなもんやな」
ふむふむ。
よく分からないけど、俺がデザインする時にラフスケッチをいっぱいするような物かな?
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