34人が本棚に入れています
本棚に追加
耀ちゃんと居る時間は穏やかで、何かをしないとって焦りは無い。
貴重な休みが何もしないまま終わるって思う事も無いし、あれもしないとこれもしないとってやらなきゃならない事も思い浮かばない。
ただ一緒に居るだけで良くって、無理に話題を探して会話をする必要も感じない。
ベッドに上がって、胡座で前傾気味にギターを爪弾く耀ちゃんの背中に自分の背中を当ててぼーっと窓を眺める。
窓からはお隣の庭木が見えて、さやさやと風に枝を揺らしてる。花粉の季節はそろそろ終わりだけど、俺が来る事を想定していたのか耀ちゃんの部屋の空気清浄機がぶーんって低い音を立てて仕事を頑張ってくれてるから涙も鼻水も出ない。
俺と同じく花粉症のたっきの部屋も春先から初夏にかけては空気清浄機がフル稼働してるけど、耀ちゃんは花粉症じゃないから俺等が来なければこの子はあんまり出番がないはず。
背中から伝わる熱が耀ちゃんが家に帰ってきたんだって実感を与えてくれて、今自分が置かれてる状況は最悪といって差し支えないはずなのに口が笑みに歪むのを止められない。
キュッて弦を擦る音がして、耀ちゃんがギターを体から離して置いた。
「終わった?」
「まぁ、一応な」
パソコンで作った曲を再生してくれて、細切れだった音が綺麗なメロディーラインを奏でる。ギターで作っていたからギターの曲だと思っていたら、もっとメロディアスな感じで驚いた。
そういえば耀ちゃんのバンドは男の人が好きそうなのロックばっかりじゃなくて、ミディアムテンポのメロディアスな曲も多い。
ボーカルの人がサイドギター、リードギターが耀ちゃん、あとベースとドラムの四人体制なのにたまに鍵盤の音がする気がするって思ってたって言ったら、それは別録りで耀ちゃんが弾いているんだって。
そういうの俺は管轄外だから聞いてると新鮮で面白い。
「興味あったん?」
「あるよ」
そりゃあ、あるに決まってる。
千春君のギターだって大好きで家で弾いている時には必ず聴いてるし、耀ちゃんが弾いてる時だって邪魔にならなさそうなタイミングを見計らって聴きに来てる。
俺も趣味程度には弾くし、たっきに軽くテーブルとかをトントンしてリズムを刻んでもらって二人で合わせていたりもしてた。
「耀ちゃんいつキーボード習ったの?」
「独学やな。音入れたいってなったら誰かが弾かなあかんから俺がやった。ライブはサポート頼めばいいし」
「大人組は千春君以外楽器弾かないんだっけ?」
「唐突やな」
なんとなく。
もしかしたら弾けるのかもしれないけど、家にほとんど居ないゆきちんや家事で忙しいみっちゃんが楽器を弾いてる所なんてまず見られないし。秀ちゃんもあんまり弾くイメージはない。
「けー君はギターとなんか管楽器出来たと思う。ミツ君はピアノやってたらしくて楽譜を読めるし秀はベース弾ける」
「え!俺知らなかった」
耀ちゃんは知ってたのかぁ。
「けー君のは子供の頃に聞いたと思うから確かとは言えへんけど、ミツ君は鍵盤やる言った時に楽譜の読み方を教えてもらってそん時に知った。秀のは龍が来る時に秀の部屋の片付けた時にしまってあるの見て聞いたら昔ちょっとやってたって」
「あ、なるほど」
大人組も自分から話して聞かせた訳じゃないのか。
こんな感じに話してたらあっという間に夕方になってしまった。
玄関の方から微かな音が聞こえて、ゆきちんと秀ちゃんが帰ってきたのに気が付く。あの二人は動きがとても静かだ。
「そういえば」
背中をとんってして耀ちゃんへ話し掛ける。
少し力を込めて揺らして続けてって促される。
「家族旅行って、あれ本気かな……」
耀ちゃんの肩に後ろ頭を乗せて天井を仰ぐ。
たっきが言ってたあの話は本当に実行されるのかな?
「本気やろ」
左耳のすぐ近くで耀ちゃんの声がして、体の中でじんわりと反響するのがくすぐったい。
「本気かぁ」
耀ちゃんの体を挟むようにして体を支えてた両腕の力を抜いて体重を背中に預ける。重たいだろうに文句も言わないで好きにさせてくれた。
だらっと伸ばした足の先っぽを眺めて、どうしたものかと考える。
「同じ部屋が気まずかったら千春君と代わってもらうけど?」
そっかぁ。
お見通しか。
「気まずいって言うか、たっきがあんな事いうからいけない」
「……あれは、仕方無いな」
仕方無い?
思ったのと少し違う言葉が返ってきた。
そういえば俺より耀ちゃんへの当たりが少しキツい気もするから俺が居ないところで何か話したのかな?
「龍は俺や翔ちゃん〝だから〟無条件で受け入れただけや。本来のあいつはそういうもんに理解は無いし、どっちかって言ったら苦手なんやろな」
「え……」
耀ちゃんがよっと小さい声を出して体をずらしたから、全体重を背中に預けていた俺はそのままベッドへ身を沈めた。
ぽすーんて布団に沈み込んで天井を眺める。
「そうなの?」
俺すっごい相談とかしちゃってたんだけど。
目を眇めた耀ちゃんが小さくため息を吐いて頷いた。
「本人からは聞いてない」
そっか……。
先輩も言ってたな。〝俺だから〟まぁいいって。つまり、誰でも彼でも全部大丈夫ってわけじゃないんだ。
そういうところが俺にはまだ上手く汲み取れない。人の心情とかそういうものを推し量るのがどうにも苦手だ。
「龍はだいぶ早くから俺の片想いに気付いとったけど、気持ち悪がったり軽蔑したり避けたしなかったし、翔ちゃんにはもっとやろ?」
「うん……」
「あの墓まで行くってのもあながち間違いとも言えへんし、複雑ながらも受け入れた意趣返しやろ」
そっかぁ…………。
それじゃ俺ってかなり悪いことをしちゃってたのか。
「かと言って翔ちゃんから離れるってのも嫌なんだからあいつもあいつで拗らせとるけど」
「ん?」
「知らんかったん?」
「なにを?」
さっきの俺みたいに後ろに手をついて足を伸ばした耀ちゃんがやっぱり天井を仰ぎ見る。
「あいつ極度のブラコンやん」
なんて言ったらいいのかなぁ。
実感はなかったけど周りからはよくそう言われてたね。会社の人達も俺とたっきを仲がいい兄弟だって思ってるし。
「耀ちゃんのことも好きでしょ?」
「俺のは兄貴としての好きやろ。でも翔ちゃんへの兄ちゃん愛は俺への好きとまた違うやつ」
「なにそれぇ……」
「俺へのやつは普通の兄弟のやつ。翔ちゃんへのは構いたいし構われたいやつで、根本的に違う」
そっかなぁ?
甘えんぼなとこはあるけど、そう言われてもピンと来ない。
「大好きな兄ちゃんに恋人出来て取られるの面白くないけど、相手が兄貴で反対も出来ないし、これまで言いたいことを散々飲み込んでた分もう色々と溜まりに溜まってるからな。ある程度は仕方無いて思ってる」
耀ちゃんの苦笑いを見て、やっぱり俺と耀ちゃんは正反対なんだなぁって思った。
俺はそういう他人の心の機微に本当に疎いから。
最初のコメントを投稿しよう!