34人が本棚に入れています
本棚に追加
寝転がってる俺を耀ちゃんがじっと見つめる。
「どうしても嫌じゃなかったら、その……」
言い難そう。
そりゃそうだよね。二人きりっていうのも本当は我慢してくれてるみたいな事言ってたもんね。お風呂とか一緒に寝るとかそういうのがダメってそういう意味だよね。
みっちゃんも耀ちゃんが家を出た理由は我慢しきれなくて襲って嫌われたら立ち直れないからって言ってたし。
見つめ返してみたら、真っ直ぐな瞳が俺を射るように見つめてる。
うん。
そう。
たっきの事も全然解ってなかったけど、きっと耀ちゃんの事も解ってなんていないんだ。
だから二人はいつだって黙って譲歩してくれてる。
「からかわれたのが嫌なだけ。たっきが言ってる事が正しいんだろうなぁって頭では理解てる」
「俺、今も割とヤバいんやけどな」
「……うん」
襲うとか言われてたし、実際押し倒されたし、自分でも不思議だけど、俺が女役なんだなぁって自然に受け入れてた。
恋愛対象が男性でも入りたい人も居るし、受け入れたい人も居る。俺はどっちなんだろう?って考えてた時期もあったけど、相手が耀ちゃんならどっちでもいいかな。
「翔ちゃんは俺としてもえぇ思ってるん?」
「うん」
「……うん、か」
へにゃって安心したような笑顔になって、そんなところもすごく好きで。
内心どうしようもなく不安だったのが伝わってくる。それでも俺の事を考えて抑えてくれてて。でも二人きりだと抑えきれないからってなるべく距離を取ろうとしてくれて。
両腕を伸ばしたらなんにも言わないでそのまま身を屈めてくれた。
背中に腕を回して抱きしめてみた。
ドクドクいう鼓動が俺の中を反響してるから、俺のバクバクいってる鼓動もきっと伝わってる。
「耀が相手なら何でも良い」
唾を飲んだ音が聞こえて、別に今ここでしたって構わないんだけどなって気になった。
自分の体を支えてた腕を俺の下に差し込んで、ギュッて抱きしめてくる。体格差のせいで耀に抱きしめられると俺はすっぽりと腕の中に収まっちゃう。それがピッタリな気がして気持ちいい。
「翔ちゃん……」
少し上擦った声で呼ばれて、耀の髪に指を這わしてみる。
ふわふわさらさらの髪。
指を滑らせて、撫でるようにする。
「うん」
また腕に力が籠った。
やっぱり一番は耀が良い。
……────ガンガンガンッ!
ビクッ!てして二人とも慌てて距離をとる。
だってこの叩き方って……。
「おーい風呂!」
いつもよりもドアが開くまでに時間があったのはたっきの良心だよね。
ガッチャンてドアが空いて、顔を覗かせたたっきが耀ちゃんと俺の顔を交互に見た。それからはぁ……て盛大なため息を吐いて、肩を竦めてみせる。
「走らなあかんかもしれんから今日明日はやめとけや」
「……龍」
「耀ちゃん入っちゃってって。翔平はミツ君が手伝いして欲しいって言っとったけど、耀ちゃんと風呂入る?」
「……それ、わざと言うてるやろ」
一瞬きょとんとした顔をした。
「当たり前やーん」
それから極上の笑顔を浮かべてみせた。
今のって、さっきのやりとり聞かれてたのかな?うぁぁあああ……知らなかったらなんとも思わなかったけど、知っちゃったら凄く恥ずかしい。
「風呂、行ってくるわ」
「うん……」
顔がカッカしてくる。
リビングへ入ったら食卓で秀ちゃんとゆきちんが何かの書類を確認してて、千春君はまたラグに転がってた。昼と体勢が違うから夕方の戸締りとかお風呂の用意とかをしてくれたのかもしれない。
たっきはソファにだらっと座ってぼーっとテレビを見てる。
「みっちゃん、お手伝いある?」
「おーありがとな。でも材料全部鍋にぶち込んだし、大丈夫になったな。もう少ししたら米よそってもらうわ」
「うん。わかったぁ」
たっきの隣へ座ると当たり前に俺の膝を枕にして寝転がった。
唇がとんがってる。
「さっきの、どっから聞いてたの?」
ごろって体勢を変えて俺の腹に顔を押し付けてきた。
不貞腐れちゃってる。
「別に?」
「うん」
「でも、耀ちゃん言っちゃったんやろなぁって」
「うん?」
でっかいたっきはソファの上で窮屈そうに身じろいだ。
「俺、同性愛とかあんま好きと違う。よく分からへんけど、進んで関わりたいと思わない」
「うん」
いつもの尊大な態度が嘘みたいに小さく身を丸めてボソボソ話すのが小さな子供みたいで可愛い。
「でも、翔平好きやし耀ちゃん好きやし、そしたらそういうのどっか行った。けど、なんかよく分からないけど、俺どうしたらええの?」
「どうって?」
「よくわかんない」
背中をぽんぽんしてやる。
頭が良くて要領のいいたっきを悩ませて悪い兄ちゃんだね。
ごめんね。
「たっきはたっきのままで居てくれたらいいんだけど、贅沢かな?」
「……うん」
また体をキュッて丸める。
「昔、たっきが言ってくれたでしょ?」
隙間からちろりと俺を見上げる。
「変な恋人連れてきたら許さない。きちんと好きんなった人としか付き合ったらダメだって」
頷いた。
「あれの意味わかった。あの時はよく分からなかったけど、今はなんかわかる気がする」
また、頷いた。
「だからね」
あの時にはきっとたっきは耀ちゃんの片想いなんか実際にはよく分かってなかったんだ。
「俺もたっきに同じようなこと言うね」
体をずらしてじっと見上げてくる。
子供みたい。
「この人じゃなきゃいやだって人しか選んじゃダメ。この人とならどんな障害も不幸も全部一緒に乗り越えてやるって思える人の手をとるんだよ」
たっきは身動きせずにじっと俺を見つめてる。
俺は耀ちゃんと付き合うようになってずっと考えてた。
本当は女の子が好きな耀ちゃんの性癖を俺が歪めてしまったんじゃないかって。それは耀ちゃん自身に否定されたけど、それでも頭から消えてくれない。
色んな相手と付き合って、俺じゃなきゃ嫌だって思ったって言ってくれた。
なら、俺もそうだ。
俺だって、耀ちゃん以外はダメだった。
家族だから絶対にダメだって見ないふりしてきた。男の人が好きだから恋愛は無理だって思い込もうとしてた。そういう人達の集まるコミュニティにでも属したら相手は見つかるって分かってたはずなのに、そうしなかった。
認められなかっただけで答えなんてとうの昔に出てた。
クリスマスとかバレンタインで浮かれる街で、心のどこか片隅で羨ましいと思うのは。寂しいと思うのは。
隣りに耀ちゃんが居ないから。
認めたら家族じゃいられなくなる。
耀ちゃんが俺を守る為にその一線を踏み越えるまで、弱っちい俺はその想いに背を向け続けてた。
「それ、結婚する時のセリフみたいやな」
たっきがポソッと小さな言の葉を零した。
最初のコメントを投稿しよう!