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 地球では感染力の極めて強いウイルスが猛威をふるうことで引き起された気管支炎が瞬く間に患者数を増やていき、年明けには人口が少ない我が国でも患者が一千万人を突破してしまった。  大陸にある国や、もともと面積が大きな国に比べたらまだ少ない方だが、もはや全世界の国民のほとんどが発症している状態を目の当たりにして、ほぼ全世界の主導権を握っていると思われている米国政府が「人類が生きてゆくことがままならぬ、由々しき事態」と判断し、世界保健機構と協力して指揮をとる形で、人類の「月移住プロジェクト」が始まった。  件のプロジェクトが始まり、インフラ整備を進め、第一回の移住者が決まってからすでに十五年もの月日が経過している。  移住者が年々と増えていくなかで、月への移住者はすでに十億人を超え、地球に住んでいる世代はもはや私たちが最後となってしまった。    独身を貫いていた友人も先日、養子縁組で迎え入れた長女が結婚し、月の米国が運営する病院で孫娘が産まれたと喜んでいる。    成長が早く、生まれて三日でもう「パパ、ママ」と両親の顔を交互に見て呼びかけるという。結婚しなくてもおばあちゃんになっちゃったわ、とはしゃいでは孫の写真を見せてくれるので、こっちとしても楽しそうで安心した。  地球に住むよりも、のびのびできるから気楽だわと友人は言う。  確かにそうかもしれないと、私はもはや日常化しているモニター通話で彼女の意見を肯定した。集団心理や干渉、烏合の衆による批判などに悩まされていた最後の世代らしき私たちは、地球で過ごしていたときよりもはるかに快適に、のびのびと心身をほぐせる日々を味わっている。  普通は移住なんかしないわよ、と私をひそかに嫌い、悪口を言っていた同僚のミミはマスク越しに鼻で嗤っていた。ミミはいまだ地球に住んでいるが、私が友人やその家族と楽しく移住生活をしていることが気に入らないらしく、いつのまにか会社の同僚だけで作ったグループラインから外して「あいつは裏切り者、ずるい」なんて口に出して密かにひんしゅくを買っているらしい。  互いにもう「いい年」なのだから、ずるいなどという言葉を口にすれば品位が下がることを、まだ理解できていないようだ。
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