私が「おめでとう」と言われた理由

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2  正直、「おめでとう」と言われる意味が分からなかった。心当たりは全く無い。テストが百点で学内1位だったとか、何かの賞に受賞したとか、街中でスカウトされてモデルになったとか……。自分で言っていて悲しくなるが、どれもが私と無縁の経験だった。  いや、待てよ。世の中にはプラスの出来事ではなくても「おめでとう」と言われる機会はある。例えば、お誕生日、正月、退院からの復帰……。だが、どれも有り得ない事はすぐに分かる。だって、今日は私の誕生日でも1月1日でもない。ましてや、入院なんかしていない。普通の日常の筈だから。  ……駄目だ。しばらく考えてみても思い当たる節は無い。私は両親に訊ねた。 「ねぇ、これ何かのドッキリ? 急に『おめでとう』なんて……。何の事だか全く分からないんだけど……。一体、どういうことなの?」  私の問いかけに両親は顔を見合わせる。そして、少しだけ顔を曇らせた。苦笑いという言葉に近い、困っているというか何かを答えるのに逡巡している様子。母がおずおずと口を開く。 「あの、ごめんなさい……。それは言っちゃいけない事になっているの」  その言葉に父も頷いた。 「あぁ、それに言わない方がお前の為でもある。余計なショックを与えたくないからな。今、咲夜に言えるのはこれだけだ。本当におめでとう」 「そうね。本当におめでとう! 貴方は幸せなのよ!」  ……訳が分からない。結局、両親は私に一方的に「おめでとう」の言葉を伝えておいて、情報を渡す気は全くない訳だ。このままだと埒が明かない。 (取り敢えず、学校へ行ってみようかな。誰かが何か知ってるかもだし)  そう考えて、私は涙ぐむ母を急かし、朝食をとることにした。リビングのテーブルに並ぶトーストと目玉焼き。私達三人は両手を合わせて「いただきます」と言い、料理を口に運ぶ。誰も何も言い出さない。静かな朝食が始まった。しばらくして、父が沈黙に耐えられなくなったのだろう。リモコンでテレビの電源を入れた。画面にニュース番組が表示される。 「本日は5月9日。朝のニュースをお送りします。先週のゴールデンウィークに発生した事件について学校側は……」 (そういえば、先週ってゴールデンウィークだったんだ)  ふと、ニュースを聞き、思い出した。実感が無かったが、今日はゴールデンウィーク明けの平日。奇妙な事に、いつもの私なら休み明けの平日はかなり憂鬱になる。いわゆる五月病だ。だが、今日に限ってはそれが無い。どういうことだろう?  考え込むうちに、私はそれよりもさらに奇妙な事に気が付いた。 (あれ、私、ゴールデンウィーク中って何してたっけ?)  そう。のだ。ゴールデンウィーク中の記憶がぽっかり。いや、うっすらと何かがあった事は覚えている。だが、具体的な出来事を思い出そうとすると頭に(もや)がかかったようになる。何でだろう? 「ほら、今日は学校でしょ? そろそろ準備しなくてもいいの?」  母から言われて気が付いた。いつの間にか、皿の上の料理を食べ終わってしまっていた。慌てて皿を片付け、学校に行く準備をした。制服を着て、教科書類を入れた鞄を持ち、玄関の扉を開ける。 「じゃあ、行ってきます」  慌てて外に出ようとする私の背中に「気を付けるのよ!」という母の心配そうな声が投げ掛けられた。
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