24人が本棚に入れています
本棚に追加
3
言い忘れていたが、私は高校生だ。徒歩圏内にある女子高に通っている。家から学校までの時間は大体、10分~15分くらい。始業は午前8時半からだが、今は午前7時45分。あえて回り道ををしたり、寄り道をしたりしても余裕で間に合う。でも、私は急ぎ足で学校に向かった。いつもなら、時間ギリギリまで自室に籠ってスマホを弄っているが、今日は家に居る気分にはなれなかった。いつもと違う両親の態度に胡散臭さを感じたからだ。家に居るよりも学校に居た方が落ち着くに違いない。
校門に着く。生活指導の先生はまだ立っていない。登校する生徒も数人しか居ない。運動部の人達が朝練でグラウンドを走っているだけだ。いつも時間ギリギリに登校する私にとっては、滅多にお目にかかれない光景だった。校舎に足を踏み入れ、階段を登り、私のクラス「2年C組」の教室に向かう。人がまばらな廊下を歩き、教室の向かい側にあるロッカーの中に靴を入れ、上履きに履き替える。
久しぶりの教室。ドキドキする……。そんな思いを抱え、私は教室の中に足を踏み入れた。
「あっ、咲夜じゃん! おいっす!」
私の前の席に座り、独特な挨拶と共に私に向かって片手を挙げる仕草をするのは豊田真姫。私の高校1年の時からの親友だ。彼女は水泳部に所属しており、朝練があるのでこの時間に教室に居るのは珍しい事ではない。
「おはよう、真姫。久しぶりだね」
「こんな朝早くに登校なんて、咲夜にしては珍しいじゃん!」
「うん……。それがさ……」
この後に続く台詞は勿論、「聞いてよ。ウチの親がさぁ……」だ。先程の出来事について彼女に聞いて欲しかったのだ。だが、その台詞を遮るように真姫は信じられない言葉を口にした。
「あ、そういえば! おめでとう! 本当に良かったね!」
一瞬、何を言われたのか理解できなかった。私に向けて放たれた言葉を理解する為の脳の情報処理が追い付いていないのかもしれない。私は彼女に問いかけた。
「……何だって?」
「いや、だからさ……」
真姫が答える前に、丁度、教室に入ってきた数人の友人達が私に向けて、またしても「その」言葉を投げかける。
「あ、咲夜じゃん! おめでとー!」
「おめでとう、咲夜! 聞いたよ!」
「やったじゃん! 良かったね、咲夜!」
(……)
言葉が出なかった。何も言えずに、私はただ口をパクパクと開閉させた。
果たして、これは何かの冗談なのか? 両親と友達がグルで私の事を担ごうとしているんじゃないだろうか……。でも、今朝のニュースで確認した通り、今日は5月9日。エイプリルフールでも、誕生日でもない。
何度も言うが、私には何かを祝われる覚えは微塵もない。本当に何も記憶にないのだ。だが、両親と親友が私に向けて共通のワードを言い放つ。「おめでとう」と。この「おめでとう」は一体、何の「おめでとう」なのだろう?
「ねぇ、私さ。何かお祝いされるような事したっけ? 今朝、親にも同じことを言われてさ。全く記憶に無いんだよね」
試しに皆に聞いてみる。すると、彼女たちは互いに顔を見合わせた。両親と同じ。戸惑いや困惑の反応。
「いや、それはさ……」
「言っちゃいけない事になってて……」
「取り敢えず、『おめでとう』って伝えたかったんだ」
いやいや、何だそれ……。到底、納得できない答えだ。こうなったら、多少、強引に話を聞き出すしかない。
「はぁ? 勝手に祝われても嬉しくとも何ともないんだけど! ワケわかんない! 言っちゃいけない事になってるって何で? 誰に言われたのさ?」
「あのさ!」
私の台詞を遮るように大声を出したのは真姫だった。彼女は私の目を見つめ、真剣な表情になる。
「ごめんね。でも、私達も意地悪している訳じゃないんだ。咲夜にはお祝いの言葉を伝えたいの。でも、どう説明したらいいのか分からないんだ。だって、咲夜には思い出して欲しくないから……」
「……え?」
「思い出して欲しくない」って何をだよ! そう言って、私は彼女を問い詰めようとした時だった。
「ほら! さっさと席に着け! そろそろチャイムが鳴るぞ!」
教室に先生が入ってきた。実に間が悪い。その所為で話は中断になってしまった。真姫は教卓の方を向いてしまい、その他の友人達も自分の席に戻ってしまう。
「お、此花か! 久しぶりだな! そして、おめでとう! 本当に良かったなぁ!」
「此花」というのは私の苗字だ。先生が私に目を向け、満面の笑みを浮かべる。やれやれ、コイツもか……。話を中断させた元凶のくせに。私は先生の目を直視し、ギロリと睨みつけてやった。
最初のコメントを投稿しよう!