私が「おめでとう」と言われた理由

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6 「私は〇×大学の研究員だ。君も私の個人名は知らなくても、研究室の名前は知っているんじゃないかな?」  その言葉に私は頷く。確か、ノーベル賞は確実と言われ、難易度の高い様々な研究を行っている研究チームだ。度々、ニュースで名前が出る。  男性はコホンと咳ばらいをして、話を進めた。 「さて、自己紹介が済んだところで結論から言おう。その日記は数日前までの君が書いていた物だ。書かれている内容は全て事実。君は男性から暴行され、生きる気力を失い、部屋に閉じこもっていた。今にも自殺するんじゃないかという様子だったそうだ。  だが、タイミングが良かった。こんな事を言ったら、不謹慎かもしれないがね。でも、事実だ。何故なら、丁度、同じ日に我々の研究室での研究が成功した事が世間に公表されたのだからね」 「研究……?」  怪訝な表情を浮かべる私に研究員は淡々と説明する。 「つまりだね。その研究は『の開発』だったのだよ。脳波のデータでマウス、猿、人間の被験者の脳から、ストレスを感じさせるような不快な記憶が脳から一掃されたのが確認できた。勿論、人体に無害な事も確認できている。  だが、一つだけ問題があった。忘れさせる事が出来る記憶のレベルについては計測できていなかったのだ。先程述べた被験者の嫌な記憶は『道を歩いていたら溝に落ちた』という低レベルのものでね。深刻なトラウマを抱える人物にはどのくらいの効果があるのか、それを知る必要があると考えた! でも、そんな人物はなかなか身近には居ない。だから、テレビやラジオ、YouTubeなどの媒体を通じて一般人に研究内容を公表し、深刻なトラウマを持つ人を募集したのだ!  全国の様々な人から応募があったが、君のご両親とご友人が何通も手紙を書き、何回も電話を掛けた。そして、見事、君に『嫌な記憶を忘れられる』権利が与えられたという訳だ。  薬を飲む前と飲んだ後の君の様子はモニターさせてもらった。すっかり別人のようで、ご両親は『本当に咲夜なのか!?』とかなり驚かれていた。  そして、ご両親と君の周りに居るご友人や担任の先生には固く事件についての口止めをした。事件の詳細を知ってしまうと、記憶が蘇ってしまう可能性があるからね。だが、彼等は『どうしても何か声を掛けたい』と言って聞かなかった。だから、私がアドバイスしたのだ。『おめでとうと言ってあげなさい』とね。  何故、『おめでとう』かって? 決まっているだろう。貴重な権利を与えられた幸運に。そして、君の新たな人生の門出に……だ」  そして、研究者はおもむろにポケットから透明な瓶を取り出した。中には赤と白のカプセルが入っている。  彼は瓶からカプセルを取り出した。瞬間、左手で私の顎を掴み、無理やり口を開かせる。右手にはカプセルを持ち、私の喉の奥に狙いを定めている。 「さぁ、もう余計な詮索は止めたまえ。君には幸せになる権利と義務がある。どのような理由があろうと、ご両親や友人に大切に思われておいて、自身の不幸を呪い続け、挙句に自身の死を望むなどあってはならない事だ。  この薬は前回処方した薬の2倍の量の成分を配合している。これでもう、君は簡単には記憶を取り戻せなくなるだろう。日記も私の方できちんと処分しておくから。では、改めて……、咲夜君」  研究者は私の喉の奥に薬を放り込み、無理やりペットボトルの水を飲ませて流し込んだ。力づくで口を押えられ、吐き出すことも出来ない。  視界が段々と暗くなり、私の意識は闇に染まった。 (完)
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