焦燥

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 家事を手伝い、同僚や友人との付き合いを減らし、妻へのプレゼントを頻繁に用意し、なるだけ優しく気を配り、いつぶりにか容姿を褒めることだってした。  けれども、妻の心はあの男に奪われたままだった。  そればかりか、「あの男は鈍感で浮気にも気づかない」と友人に言いふらしていたらしい。  この旅行のことを知ったのは先々週のことだった。久し振りに温泉にでも誘おうかと思っていた矢先、「友人とレンタルのログハウスに泊まりで出かける」と告げられてしまった。 「温泉に誘おうと思っていたのに」と私が言えば、「先に予定が入ったんだから仕方ないでしょう」とあしらわれた。  先にというなら、妻を愛したのも結婚したのも、あの男よりも私の方が先だったじゃないか。  そんなことを言えるわけもなく、翌々週……つまり今朝、私はログハウスへ向かう妻を浮気に気づかないふりをして送り出していた。
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