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「部長! お疲れ様です」
私は、前を歩く部長に小走りで駆け寄って明るく声を掛ける。
1月の日暮れは早い。
まだ18時過ぎだと言うのに、すっかり日は落ちて、車のヘッドライトが矢継ぎ早に通り過ぎていく。
オフィス街の街灯の薄明かりに照らされた部長の顔を見上げると、いつもの優しい笑顔が降ってくる。
「くくくっ、仕事終わりだっていうのに、綾愛さんはいつも元気でいいな」
「へへっ」
照れ隠しに笑って見せる私の頭を、部長はくしゃりと撫でた。
「部長、お腹空きません? いつもの焼き鳥屋さん行きましょうよ」
私は、部長の前に回り込んで、その足を止める。
すると、部長は苦笑いをこぼした。
「くくくっ、俺はいいけど、俺なんかと毎日焼き鳥食べてたら、いつまで経っても嫁に行けないぞ?」
そう、私は、こうして毎日のように部長にまとわりついて、おじさんばかりが居並ぶ焼き鳥屋さんや小料理屋さんなどに出かける。
だって、部長が好きだから。
でも、そんなこと、本人には言えない。
気づいてほしいけど、全然相手にされないまま、毎日が過ぎていく。
それでも、こうして毎日一緒にいられるんだから、幸せなんだと思おう。
部長……森下 秀樹さんは先月、誕生日が来て、40歳になった。
28歳の私とはひと回り違う。
と言っても、高身長の部長、見た目はまだアラサーで通るくらい若々しい。
なのに、バツイチの部長は、もう結婚するつもりはないらしい。
子供がいるわけじゃないし、別の人と幸せになってもいいと思うんだけど。
そして、私は、この会社に入社試験を受けることなく、入社しているゴリゴリのコネ入社社員。
だって、私の父がここの社長だから。
それでも、社長の娘だから甘えてるって言われたくなくて、仕事はちゃんと一生懸命頑張ってやってる。
私が告白できないのは、振られるのが怖いっていうのももちろんあるけど、年齢差とか、部長に恋人を作るつもりがないこととか、社長の娘だからって返事に困らせたりとか、いろんなことを考えちゃうから。
それでも、好きって気持ちは止められなくて、こうして毎日、部長にまとわりついている。
「ごちそうさまでしたっ」
私は焼き鳥屋さんを一歩出たところで、部長にペコリと頭を下げる。
「綾愛さんが食べる分くらいはたかが知れてるからな。でも、みんなには内緒だぞ。総務部全員に奢ってたら、俺の財布が保たない」
そう言って笑って見せてくれる部長が好き。
私は部長と駅まで歩き、改札を抜けたところで別れる。
もう少し一緒に居たいと思うけど、ただの上司と部下では、これが精一杯。
私が反対のホームに立つ部長に手を振ると、軽く手を上げて答えてくれる。
そうして、滑り込んできた電車に目隠しをされるように、部長が見えなくなる。
あーあ、もう明日まで部長に会えない。
私は、ほんの少しの寂しさを抱えて、電車に乗り込んだ。
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