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連れ立って社長室を出た私たちは、徒歩5分ほどの所にあるすき焼き専門店に向かった。
ランチタイムは、大鍋ではなく、1人用のすき焼き鍋でそれぞれに出してくれるので食べやすい。
私たちは、A5ランクの和牛のすき焼きを注文した。
「綾愛さんは、和食がお好きなんですか?」
卵を割りながら、久保田さんが尋ねる。
「はい。お醤油味が好きなんです」
っていうか、部長と食べ歩いてて好きになったんだけど。
「いいですね。若い女性はみんなパスタとか小洒落た洋食が好きなんだと思ってました」
久保田さんは爽やかな笑顔を崩さない。
「もちろん、それも好きですよ」
私だって、洋食が嫌いなわけじゃないもん。
「綾愛さんは、お料理はされるんですか?」
何気ない質問なんだろうけど、なんとなく値踏みされてるように感じるのは、なんでだろう?
「多少しますけど、実家暮らしですから、そんなにうまくはありませんよ。手際が悪いので、簡単な夕飯を作るのにも1時間かかっちゃいます」
だって、お母さんみたいにスルスル皮を剥いたり、葱を小気味よく刻んだり出来ないんだもん。
「そうなんですね。じゃあ、2人で一緒に作るのがいいかもしれませんね」
その問い掛けの意味が分からなくて、一瞬、私の箸が止まった。
「えっと……、何の話ですか?」
すると、久保田さんも箸を止めて、こちらを見る。
「あれ? 横幕社長から聞いてらっしゃいませんか?」
なにを?
私は分からなくて首を横に振る。
「社長がおっしゃったんです。28にもなるのに、彼氏もなく、全く嫁に行く気配のない娘がいるんだが、もらってくれないか?って。あ、もちろん、物じゃないので、簡単にあげるとかもらうとか出来ないのは分かってるんですが、尊敬する横幕社長の娘さんに一度お会いしてみたくて、今日の席を設けていただいたんです」
お父さんってば、もうっ!
私は父への怒りを胸の内に隠して、仕事用の作り笑いを顔に貼り付ける。
「でも、会ってみて良かった。ぜひ前向きに考えていきましょう」
久保田さんはそう微笑むけれど……
「いえ、あの、申し訳ありません。私、結婚するつもりはなくて……」
私はやんわりと断る。
けれど……
「分かってます。ですから、これから、お付き合いして、結婚する気になればいいでしょう? 結婚したいと思ってもらえるように、私が頑張ります」
いや、そうじゃなくて……
この手の自分に自信があるタイプは、話が通じなくて苦手だ。
仕方ない。
後で、お父さんから断ってもらおう。
元々、お父さんが悪いんだし。
私は、「はい」とも「いいえ」とも返事をしないまま、無難に話を流して、食事を終えた。
けれど、最後、支払いをしようとしたら、久保田さんに先に払われてしまった。
「いえ、ここは私が。経費で落ちるので大丈夫です」
私はそう言うけれど、
「初めてのデート代くらい払わせてください」
そう言って、全く聞き入れてもらえなかった。
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