オセローの孤独

　「ばかやろー！　何度言ったらわかるんだよ。心がこもっていない」
　演出家の虹川勝利の罵声が、主役のオセローに扮した水谷春樹に飛んだ。
「す、すみません」
「デズデモーナの『エミリア』からもう一度」
　虹川はデズデモーナ役の美緒に合図を送る。
「エミリア、行きましょう。どうぞお好きなようになさって。あなたがどうあろうと、私はあなたの貞淑な妻ですわ」
　虹川は春樹に合図を送る。
「何て素晴らしい奴だ。俺がお前を愛さなくなったら、俺の魂は地獄行きだ。そして俺がお前を愛さなくなったときは、混沌が再び世界を覆う」
　虹川からまた春樹への叱声が飛んだ。
「前と同じじゃないか！」
　春樹は叱責の連続にうなだれる。
「いいか。オセローはデズデモーナを貞淑な妻だと信じていたんだ。ところが、この第三幕第三場で、その彼女に裏切られているのでは、と疑い始めているんだ。そんな平板なトーンで客に通じるかよ。お前、私生活で美緒と付き合っているからって、それを舞台で出すな！」
　春樹は顔を蒼くして必死に抗弁する。
「そ、そんなつもりはありません。もう一度やらせてください」