オセローの孤独

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「獅子夫さんは美緒さんのマンションに着いた後、部屋まで送り、その後1時間以上マンションから出てきませんでした」 「何だと、獅子夫のやつ、俺の美緒を……」  虹川の号令で稽古の続きが始まった。  春樹は腹の底から声を絞り出した。 「おお、悪魔、悪魔め! もし大地が女の涙で子を孕むものなら、女が零す涙の一粒一粒が鰐となるだろう。目の前から消え失せろ!」  虹川は目をむいていた。これなら行ける、今回の上演は成功するぞ、という虹川の心の叫びが表情に現われていた。  その日の夕方の解散時にも美緒は春樹に声をかけた。 「春樹、一度ゆっくり話したいことがあるんだけど……」 「公演が終わってからにしてくれ」  春樹は冷たく言って、一人で帰って行った。  十五日間の立ち稽古が終了し、二日間の舞台稽古を経て、いよいよ「オセロー」が代々木劇場で幕を開けた。  オセロー役の春樹の演技は鬼気迫るもので、場内の観客の心を揺さぶった。カーテンコール時の春樹への拍手の大きさと「ハルキー」という絶叫の繰り返しが、その証左だった。  ロビーでは、テレビ局のレポーターたちが春樹を囲んだ。
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