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夜の大阪――戎橋には人の群れができていた。
酒に酔った人々も多いが、酒が入っていてもいなくとも、そこに集まる人々は喜色満面。
その群れの中には、先ほど山から帰ってきたばかりの屈強な退魔師の姿もあった。彼の周りには、彼よりも屈強な中年男や、やや華奢な白髪まじりの初老の男女。数は少ないが、年若い若者や学生などの姿もぽつぽつといる。
片手を上げ盛り上がった彼らの足元には、先程の麻袋が六体転がっている――
「ではあ~! 阪神トラーズのお~! 優勝を祝いましてぇ~!!」
白髪まじりの地域の退魔師の長が張りのある声を張り上げ、彼より若い退魔師たちが「おおおお!!」と歓声を上げた。
「胴上げじゃあああああ!!」
「おおおおおおおお!!」
そして速やかに屈強な男たちが六体の麻袋の口を次々開き、麻袋を振って中身を外気にさらす。
次々と戎橋のコンクリートには、犬の妖怪、小さな悪霊が数体、山の聖霊らが、退魔の札で身体の自由を奪われている状態で転がった。
彼らはみな、日常を普通に生きている人間たちに悪さをした者たちだ。
「よっしゃあああああ!!」
身動きとれない犬の妖怪――山のなかで崖から人を突き落としたり、老人をわざと転ばせ怪我をさせたりしていた――それに、退魔師たちが一斉に手を伸ばす。
<ヤ、ヤメロ……ヤメロ!!>
抵抗しようにも抵抗できぬ妖怪の叫びは、野球の応援歌にかきけされ誰の耳にも届かない。
一般の人間には見えない禍々しい妖怪が退魔師たちの集団の手によって軽々胴上げされながら、じりじりと道頓堀川へと近づいていく。
<ヤメロ、ヤメロ、ヤメ、ヤメロオオオオ!!>
「トラーズ!! ばんざーい!!」
歓声と応援歌の中、道頓堀川の中へと妖怪はそのまま落とされた。
そう。これは、阪神トラーズが優勝したときのみに行われる、大阪を拠点に活動する退魔師たちのみのイベントである。
トラーズを祝福したい。しかし道頓堀川に自分が飛び込むのは嫌だ。それならば、悪さをした人ならざるものたちを落としてしまえばいいのでは?という誰かの思いつきから生まれたものだった。
ただばか騒ぎをしたいという悪ノリから軽く生まれた発想だったが、これが効果抜群。道頓堀川に落とされた悪い霊たちは、二度と同じ悪さをしでかさないということがわかっている。
<触るな、人間ごときが!!>
今度は車を走らせ山から帰ってきたばかりの男の収穫――少女の姿をした山の精が、軽々抱え上げられる。彼女は顔が好みではない人間の男や、女の登山者に熊をけしかけたりなどしていた。
山の精は可愛らしい顔を怒りに歪めて、自分たちを空に放る人間たちに高飛車な罵声を浴びせる。
<降ろしなさい! 私を誰だと思っている!? 私は名のある――>
「わーっしょい! わーっしょい!!」
<おい、こら!! 私をどこに運ぶつもりだ!! 人間たち!!>
応援歌がまた、山の精の叫びを簡単にかき消していく。
最初は強気だった山の精は、少しずつ道頓堀川に近づいていくほどに何かを察したのか、声に焦りが滲んできた。なにか勘が働いているのか、流石自然界の精といったところか。
<ま、待て! なにか、なにか臭いぞ!! 少し臭い気がする!!
人間! こら!! 歌うのをやめろ!! 私の話を聞け!!>
人間ではわからない鋭い嗅覚が感じとる自らの身の危険。山の精はそのただならぬ臭いと距離が縮まるほどに、身体を強張らせて冷や汗をかく。
<に、人間……人間!! なにをしようと――ねえ、なに、なんなの!?
よ、よしわかった! もう二度と人間に悪さなどしない! 一生、約束する!!
ね、ねえ、やめてよおお! もういいでしょおおお! 降ろしてよおおお!!>
焦燥に駆られた山の精の耳にとって、人間たちの応援歌が最早死神たちの戦慄のコーラスのようだった。
<や、やだあああ! やだやだあああ!! ああああああ――>
「優勝、おめでとおおおおおお!!」
彼女もまた、ヘドロの底へと沈んでいった。
六体の人ならざるものたちへの制裁をすませた退魔師たちは、仕事を終えて輝いた顔をしながら、祝杯をあげるべく浮かれた足取りでネオンの街へと消えていく。
「あ、三日月やん」
「雲一つのーて、良い夜やなぁーガハハハ!!」
大阪の夜に響き渡る、通りがかった酔った男たちのむさ苦しい笑い声。
それをBGMに、道頓堀川の近くでは――光を失い、どこを見ているのかもわからない虚ろな瞳で空を仰ぐ六体の影が、微動だにせず立ち尽くしていた。
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