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 とりあえず穂香の無事が分かって良かったと胸を撫で下ろす。  それから穂香の仕事の邪魔にならないようにと小栗は佐藤と共に見回りへと出かけた。しばらくして佐藤の無線に連絡が入る。 「事務部長が本館事務室でお待ちです。ただちに向かわれよ」 「了解」  ようやく病院側も鎮火と点呼が終わり、事務部長に報告が上がってきたという。さっそくどんな状況だったか伺いたいと思い、本館二階へと足を運んだ。 「巡査長。あれ? 警部補もいらっしゃいましたか?」と中村薫(なかむらかおる)巡査が敬礼する。 「中村さん、ご苦労様です」と小栗と佐藤も敬礼した。 「で、こちらが北原雄介(きたはらゆうすけ)事務部長です」  中村巡査が一歩下がり後ろにいた厳つい髭がある白髪の老人を紹介してくれた。一応、こちらも警察手帳を提示して北原事務部長に会釈する。 「ご苦労様です。警察の皆さん」 「いや、こちらこそご苦労様です」とお互いにお辞儀をする。 「早速ですが今回の火災で、少なくとも三名の死者が出てしまいまして、大変申し訳ありませんでした」  悲痛な顔で丁寧に頭を下げる北原事務部長に、小栗も心を打たれた。みんな最善を尽くしたけれど、助けられなかった命が存在する。病院としては憤りのない悲しみだけれども、ここまでの火災で少人数の被害で済んだのは奇跡に近いほどだった。 「朝になったら重症患者を別の病院へ搬送します」 「そうですか。それでお亡くなりになった方々はどんな方で?」 「一人は末期癌の患者さん長沢渉(ながさわわたる)さんで、そしてもう一人がウイルス研究所の娘さん塩原胡呂奈さん。そしてもう一人が……」  そこまで北原事務部長が口にしたところで、言葉を詰まらせ咳払いを始めた。そしておもむろに事務室の扉を閉めに歩く。  さっき穂香から聞いた人数は二人だけ。長沢渉と塩原胡呂奈については知っている。更にもう一人いたとは現場の看護師も完全には把握できていないとみえる。あとから死亡が確認できたのはいったい誰だろう? 「もう一人の身元も教えてください」 「それが……秘密裏に一泊入院された方がいまして」  もごもごと口をご漏らす。何か訳がありそうだ。 「これをマスコミに伝えて良いのかも分からなくて連絡待ちなんです」 「で、誰なんです?」  あまり言いたくなさそうだ。そこへ成宮仲治郎(なるみやちゅうじろう)院長がやってきた。事務部長と何やら小言で伝え合っている。そして成宮院長が小栗の方に向き直した。 「遅くなってすまなかった。わたくしが院長の成宮です」 「はい。承知しております。我々は所轄の小栗と佐藤と申します」  お互いに握手を交わした。 「事務部長から話は聞いた。早速で申し訳ないんじゃが、最後の一人に関しては死亡者の身元はまだ不明と」 「それはどう言うことで?」 「それが亡くなった人の素性をまだマスコミに公表したくないんじゃ」 「でも、それでは困ります。隠ぺいするならそれなりの罪に問われるかもしれませんよ」 「いや、そういう意味ではないんじゃ。……では内々でお願いしたい。……厚生労働省感染対策統括委員長の榊原玄武(さかきばらげんぶ)議員なんじゃよ」 「え?」  まさか大物議員が亡くなってしまったなんて。それも感染症対策では日本で一目置かれていた人だ。これはさすがに言いにくい。それに昨日もテレビに出ていたけれど、とても元気そうだったが。 「昼間に榊原議員がちょうど感染症センターを視察に訪れてな。その時に一過性の意識消失があって入院させたんじゃ。日頃の疲れでも溜まっていたんじゃろう。で、秘書の者が秘密裏に頼むと」  深々と頭を下げる院長に、こちらも頷くしかなかった。確かに政府の意見を聞いてから公にしないとまずい気もする。警察はマスコミの犬ではないから、きちんと根回しするのが正しい在り方だろう。 「では、警察はこれを事故と事件の両方から捜査させてもらいます。黙っている代わりに捜査協力の方をよろしく頼みます」  成宮院長と北原事務部長は二人とも目を見開き、どんな資料も提供させてもらうと承諾してくれた。
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