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十
早速、貸してくれた帳簿とノートに目をやる。そして昨日の日付を探して携帯にそこの写真を撮った。
帳簿には毎日のように出入りしている業者名がびっしりと書かれている。その中で昨日のみ訪れた業者を探すと、タバタ製作所とタバタ製薬の二社だけ。
「このタバタって同じ系列ですかね?」
「ええ。あの有名な田畑グループですよ。詳細は見れば分かりますけどタバタ製作所の水本さんはボイラーの定期点検で朝からいらしてまして、タバタ製薬の橋本さんは二十時過ぎ。先生との面会となってます」
「ボイラーの定期点検があったんです?」
「はい。毎年この時期に。点検後に機械が動かないってこともよくある話なんですけどね。まさか……」
高見は悔しそうな顔で俯く。
全国でも有名なタバタ製作所がそんなミスを犯してしまうなんて、誰が想像しただろう。不具合で停止ならまだしも暴走してしまうなんて、昔のストーブでもあるまいし。
「それでタバタ製薬の橋本さんは何しに?」
「……さあ。同じ時間にシオバラ製薬の松井さんもいらしてましたが」
「え? ここに明記されてないけど」
「面会者だったんでノートの方に」
言われてノートの方を捲ると、そこに松井凛の名があった。こちらは塩原胡呂奈の面会で間違いない。
それは知っていても、さすがにタバタ製薬が訪れた理由までは知らないか。先生との面会なら薬の情報提供か何かだと思うけれど、このご時世、時間外にわざわざ営業が来るなんて何か引っかかる。タバタ製薬については後日調べに行くしかない。
「じゃあ受付に不審な患者やその家族なんていませんでした?」
「いやあ、それほど怪しい人は別に。変なの来たら当直医と看護師長に連絡する決まりになってますので」
そこまで言うと遠隔モニターのスイッチを叩き出した。「くそっ!」と声を漏らし、モニターが映らないことを小栗にも告げる。
「それもしかして防犯モニターです?」
「ええ。昨日の火事で電化製品がほぼパーですよ。配線が全部やられて、管理センターも火に飲まれちゃったし。せっかく外の不審者を探すなら、防犯カメラが一番だと思ったんですけど」
本館とは別に救急棟に設置されていた管理センターがあったなんて。だが、それも燃えたのなら役に立たない。せめて録画機器のハードディスクだけでも生きていれば何か見つかるかもしれないけれど、それも期待薄か。
仕方ないのでまたノートを開けて、出入りした人の名簿を眺める。すると面会者の中にこの辺では有名な人物がひとりいた。
「面会者に宮本建工の宮本三郎さんの名前がありますね」
「あ、はい。確か秘書の方とご一緒に。確か榊原恵美さんだったかと」
榊原玄武議員のお孫さんで、彼女も宮本と同じくらい有名人だ。政府との太いパイプがある榊原恵美は宮本建工の秘書という肩書き以外は汚い話しか聞かない。何故か膨大な費用のかかる公共事業や地域開発になると宮本建工が落札してしまうので、最低入札価格が漏れているのではないかと噂されるほど。ただ監査が入ってもその証拠は見当たらないのだが。
「ここには誰に会いに来たか書かれてないですけど」
「院長秘書が入口から案内してたんで、記入してくれませんでした。ですので、そこに明記したのは僕です」
小栗は何となく察しはついていたものの、高見のような事務職員が知っていたか知りたかった。穂香と同様に感染症センターにはやはり知らせていない様子だ。
そもそもこの救急棟は一階が感染症センターと救急センターが混在している建物で、二階以降は感染病棟と救急病棟があり本館との渡り廊下が二階に設置されている。救急館の入院患者とその面会者を感染症センターが管理していて、電子カルテによって制御していたようだ。
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