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十一
事故か事件か分からないまま、小栗は一旦所轄に戻った。十三時に捜査会議が開かれるということで、外に出ていた仲間たちや鑑識も集まってくる。
「そろそろ始めるから席座れ~」
「よっ部長。今日も一段と眩しい!」と小栗は自分の頭を撫でながら鈴木警部にそう言った。
部長の機嫌を図るいつもの一言だ。
「何言ってんだ小栗。まだ西日は射してねえぞ」と部長も自分の頭を撫でてみせる。
「そこじゃなくて今日のオーラっすよ」と誤魔化した。頗る機嫌が良さそう。
鈴木警部が指揮を執る時にいつも小栗は煽てるように部長を応援する。新型ウイルスが流行ってからというもの会議室では必ず窓を開けているから。この時期に窓を開けると部屋が寒くなるくらい風が入ってくる。それで部長の薄毛が風に揺れて、見ていてとても面白いのだ。
でもそれだけで小栗はいつも言っているのではない。
「そんな煽ててんじゃねえ。今日は外部者も来てるし恥ずかしいだろうが」
「いや。励ましてるだけっす」と佐藤まで笑いながら言い返した。
「禿げ増す? とは失敬な」といつものノリで返される。
これが鈴木警部の部下たちに対する優しさだ。厳しい会議が始まる前にはいつもする恒例行事のようなもので、冗談のひとつくらい言える余裕を持てと常々言われているから。ただ本当に機嫌が悪い時にこれを言うと椅子が飛んでくるので、顔色を見ながらあくまで冗談で済む程度にはしているのだが。
「さて、これから成宮大学病院感染症センター救急棟火災について消防署の署員を含めて会議を行う。事故と事件の両面から調べた結果を報告してくれ」
部長の挨拶と共に外部者である消防士の人が二名入ってきた。早速、今回の火災について概要が示される。
「火災の原因は十一時半頃ボイラー室からの出火で間違いありません。重油がなんらかの影響で外部に漏れたらしく、そこから引火したと思われます」
「漏れただと?」
鑑識の加藤調次が啖呵を切った。そして事務職員から受け取ったであろうボイラーの定期点検整備書類を机に並べる。
「ボイラーの点検は問題なかった。どこにも漏れるような穴など指摘されていない」
きちんと点検がなされていたかは別として、動作確認までしている報告書だ。その際にパイプの確認をしたチェックまで入っている。パイプは金属製のため万が一、亀裂や穴が開いていれば一目瞭然だとの指摘もして。
「でも確かに油が漏れた跡は残っていました。爆発してから穴が開いたかもしれませんが、他に原因は考えられません。基盤やスイッチの周りも完全に溶けていたんで、火力や安全センサーがどうなっていたかも不明ですけど」
「そうですか」
部長が歯がゆそうに返事をする。
「あとはご覧の通り、引火した火は一階の検査室から奥の管理センターを全焼し、煙と火は配電盤を通じて六階まで到達しています。電気系が一番先にやられて、感染症の集中治療室はロック。そして火の海に」
「ありがとう。火事の詳細はよく分かった。ところで消防から見て、これはボイラーの事故だと思うか?」
「いいえ。我々は、そうは思いません。誰かが故意に重油パイプのバルブを触ったか、スイッチを操作したか、安全センサーを壊したかのどれかだと」
このセリフを聞いて部長も満足していた。これで放火の線が濃くなったと警察の誰もが確信する。いよいよ自分たちの出番だと。
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